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身立山妙秀寺。横浜市戸塚区吉田町にある日蓮宗寺院

妙秀寺の概要

日蓮宗寺院の妙秀寺は、身立山と号します。妙秀寺は、豊島修理大夫の母で池上本門寺を創建した池上宗仲の妻妙宗禅尼が開基となり、日秀(永和3年1377年寂)が開山となり延文元年(1356年)創建したといいます。

妙秀寺
妙秀寺の概要
山号 身立山
院号 -
寺号 妙秀寺
本尊 三宝祖師像
住所 横浜市戸塚区吉田町1034
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



妙秀寺の縁起

妙秀寺は、豊島修理大夫の母で池上本門寺を創建した池上宗仲の妻妙宗禅尼が開基となり、日秀(永和3年1377年寂)が開山となり延文元年(1356年)創建したといいます。

新編相模国風土記稿による妙秀寺の縁起

(吉田町)妙秀寺
身立山と号す。日蓮宗鎌倉大町村本覚寺末、延文元年豊島修理大夫某が母開基すと云ふ。開山は日修、身立院と号す、永和三年十月十二日寂。本尊三寶祖師を置き、弁天長一尺三寸五分傳教作を安ず。(新編相模国風土記稿より)

「戸塚区郷土史」による妙秀寺の縁起

身立山と号し、「寺院明細帳」には延文六年(一三六一)四月八日僧日秀が開基したと記し、寺伝は豊島修理大夫の母妙宗禅尼(池上本門寺主翁右衛門宗仲の妻)の開基で、身立院日秀が開山したといい、「相模風土記稿」には「延文元年豊島修理大夫某ガ母開基スト云。開山ハ日修」と述べている。永和三年(一三七七)十月十二日に堂宇を建てたといわれるが、その後の変遷は詳らかではなく、越えて明治二十六年九月十日灰燼に帰したため、同三十一年十月再建した。しかるに大正十二年の関東大震災にあい、またもや破損したため修理を遂げ、明和三十年総欅の山門を造立、同四十二年九月本堂再建の業をとげた。なお当時の一本杉は巨木で有名であったが、去る二十六年枯死したという。(「戸塚区郷土史」より)


妙秀寺の周辺図