榮松山寿徳寺。横浜市鶴見区江ヶ崎町
寿徳寺の概要
曹洞宗寺院の寿徳寺は、榮松山と号します。寿徳寺は、寶泉寺第五世天室良奕(寛永20年1643年寂)が開山となり創建したといいます。
山号 | 榮松山 |
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院号 | - |
寺号 | 寿徳寺 |
住所 | 横浜市鶴見区江ヶ崎町14-7 |
宗派 | 曹洞宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
寿徳寺の縁起
寿徳寺は、寶泉寺第五世天室良奕(寛永20年1643年寂)が開山となり創建したといいます。
新編武蔵風土記稿による寿徳寺の縁起
(江ヶ崎村)寿徳寺
村の東よりにあり、曹洞宗榮松山と號す、郡内下末吉村寶泉寺の末、開山は天室良奕と云、寛永二十年十二月十八日寂す、客殿六間に五間半、本尊彌陀坐像長六寸なるを安せり、境内に庚申及地蔵の二像石をもて作れるをたてり、寛文年中のものなり。(新編武蔵風土記稿より)
「横浜市史稿佛寺編」による寿徳寺の縁起
壽德寺
位置及寺格
壽德寺は、榮松山と號し、鶴見區江ヶ崎町百八十一番地に在る。境内は六百十七坪。官有地。區内下末吉町寶泉寺末で、寺格は三等五十七級である。
沿革
下末吉村寶泉寺第五世天室良奕の開創した所であるが、創建年代は詳でない。寶曆十一年十月、第四世松應玄鶴の代に客殿を再建した。大正十二年の關東大震災に、本堂が倒壊したので、昭和二年本堂、同三年庫裡の再建を遂げた。
本尊
本尊は釋迦如來木坐像、長七寸、作は不詳である。
堂宇
今の堂宇は、本堂桁行五間半、梁間四間半、向拜附、亞鉛葺、破風造。・庫裡桁行三間三尺、梁間四間三尺、亞鉛葺、破風造。・玄關桁行二間、梁間二間、亞沿葺。・物置桁行二間、梁間九尺、亞沿葺。・山門コンクリート造。等である。
境内佛堂
地藏堂。桁行七尺、梁間八尺、亞沿葺。本尊は石地藏、由緒は不詳。昭和四年、第二十五世仙英の再建である。
羅漢堂。桁行七尺、梁間八尺、亞沿葺。昭和四年、第二十五世仙英の再建である。(「横浜市史稿佛寺編」より)
寿徳寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
参考資料
- 新編武蔵風土記稿