長榮山光明寺。横浜市鶴見区獅子ヶ谷
光明寺の概要
天台宗寺院の光明寺は、長榮山遍照院と号します。光明寺は、慶嚴法印(貞治2年1363年寂)が貞治元年(1362)に創建したといいます。
山号 | 長榮山 |
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院号 | 遍照院 |
寺号 | 光明寺 |
住所 | 横浜市鶴見区獅子ヶ谷2-29-13 |
宗派 | 天台宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
光明寺の縁起
光明寺は、慶嚴法印(貞治2年1363年寂)が貞治元年(1362)に創建したといいます。
新編武蔵風土記稿による光明寺の縁起
(獅子谷村)光明寺
村の中央にあり、もと天台宗多磨郡深大寺村深大寺の門徒なりしを、享保十四年願によりて末寺になれり、長榮山遍照院と號す開山慶嚴法印貞治二年八月十日寂す、本尊薬師の立像長一尺五六寸なるを安ず、客殿艮の方に向ふ七間半に六間なり(新編武蔵風土記稿より)
「横浜市史稿 佛寺編」による光明寺の縁起
光明寺
位置
光明寺は長榮山遍照院と號し、鶴見區獅子ヶ谷町に在る。境内は二百九七坪。官有地。東京府下北多摩郡神代村深大寺末で、寺格は九等三級である。
沿革
貞治元年六月、慶嚴法印の開創した所である。其後二十八世文龍謙明に至るまで、法燈相承せしも、以後文政の頃より、多くは無住にて、衰頽を見るに至つた。其間正德二年四月、雄勇法印の代、本堂竝に庫裡の再建があり、天保十二年六月、表門の建立を見た。
本尊
本尊は藥師如來立像。長一尺二寸。境内より出現したと云ひ傅へる。(「横浜市史稿 佛寺編」より)
光明寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿