宝泉寺。横浜市鶴見区菅沢町にある天台宗寺院

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龍澤山宝泉寺。菅沢の里正傳左衛門の先祖が開基

宝泉寺の概要

天台宗寺院の宝泉寺は、龍澤山と号します。宝泉寺は、菅沢の里正傳左衛門の先祖が開基となり文禄2年(1593)に創建、良位(寛永12年1635年寂)が開山したといいます。

宝泉寺
宝泉寺の概要
山号 龍澤山
院号 -
寺号 宝泉寺
住所 横浜市鶴見区菅沢町15-24
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 -



宝泉寺の縁起

宝泉寺は、菅沢の里正傳左衛門の先祖が開基となり文禄2年(1593)に創建、良位(寛永12年1635年寂)が開山したといいます。

新編武蔵風土記稿による宝泉寺の縁起

(菅澤村)寶泉寺
村の西にあり、龍澤山と號す、天台宗同郡駒林村金蔵寺門徒なり、文禄二年當村の里正傳左衛門が先祖起立すと云、開山は良位寛永十二年十月朔日寂す、本尊大日坐像にて長七寸許、客殿六間に五間門巽向。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿 佛寺編」による宝泉寺の縁起

寶泉寺
位置
寶泉寺は龍澤山と號し、鶴見區菅澤町百六十四番地に在る。境内は三百七十四坪。官有地。橘樹郡日吉村駒林の金藏寺末にして、寺格は九等二級である。
沿革
文祿二年の創建で、開山を良位と云ひ、開基は村内、關口氏の先祖であると云ふ。ロ碑に據れば、何時の頃か囘祿の災に罹り、堂宇・什寶の悉くを灰燼に歸し、開山以來の事蹟を失つたと云ふ。當時は鎭守、山神社の別當寺であつた。第四世辨榮の代(年月不詳。)客殿を造立し、天保三年三月、第十九世乘如の代、本堂を再建し、明治十三年、諸堂に修復を加へた。大正十二年九月一日、圖らずも關束大震災に罹り、本堂・庫裡共に倒壊の厄に遇つた。現住横溝信亮、同十三年十一月に本堂、昭和四年に庫裡の再建を遂げ、舊觀を改め、中興の功を樹てた。
本尊
本尊は大日如來、坐像、長七尺。作不詳。寛永三年造立。施主岩澤某と誌す。(「横浜市史稿 佛寺編」より)


宝泉寺の周辺図

参考資料

  • 新編武蔵風土記稿