成願寺。横浜市鶴見区豊岡町にある曹洞宗寺院

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医王山成願寺。境内地を大本山總持寺に譲った寺院

成願寺の概要

曹洞宗寺院の成願寺は、医王山と号します。成願寺は、建功寺二世守聞和尚(元和10年1624年寂)が開山となり、薬師堂の別当寺として天正3年(1575)に創建、明治39年に、寺地を大本山總持寺移転建設地に献納して、大正元年当地に移転したといいます。

成願寺
成願寺の概要
山号 医王山
院号 -
寺号 成願寺
住所 横浜市鶴見区豊岡町6-1
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



成願寺の縁起

成願寺は、建功寺二世守聞和尚(元和10年1624年寂)が開山となり、薬師堂の別当寺として天正3年(1575)に創建したといいます。明治39年に、寺地を大本山總持寺移転建設地に献納して、大正元年当地に移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による成願寺の縁起

薬師堂
海道の中程にて4丁あまり右の方へ入て小高き所にあり。その所に山門あり、3間半に2間なり東向、ここには昔二王の像を安置せしが、ことの外損じければ今は薬師堂の中に置り。ことに古像にて土人の傳へに竹田の番匠の作なりと云。夫より薬師堂に及べり。堂は4間に5間南向にて、薬師佛は慈覚大師の朔と云。秘佛なりとてひめ置けば誰拝したるものなしとぞ。此堂もすぐれて古きものにて、艶なども無其頃建たる由云傳へりさもあるにや。
別当成願寺
境内に入て右の方にあり。禅宗洞家同郡東寺尾村建功寺末、医王山と号す。建功寺の二代守聞和尚を開山として天正3年の起立と云。和尚は元和10年正月29日に寂せり。客殿6間に5間南向なり。本尊は釈迦長1尺許坐像なり。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿佛寺編」による成願寺の縁起

成願寺
位置
成願寺は、醫王山と號し、鶴見區鶴見町七百十九番地にある。神奈川區東寺尾町建功寺末で、寺格は三等法地五十二級である。
沿革
天正三年、橘樹郡東寺尾村建功寺第二世守聞和尙の草創した所で、元は今の境内藥師堂の別當寺であつた。沿革は詳かでない。
本尊
本尊は釋迦牟尼佛の木坐像で、作は不詳。
堂宇
今の堂宇は、本堂 桁行十間三尺五寸、梁間六間五尺、瓦葺、向拜附。・庫裡 桁行五間四尺五寸、桁間四間一尺五寸、瓦葺。・開山堂 桁行二間半、梁間三間、瓦葺。・山門 亜鉛葺。仁王尊を安置してある。等である。
境内堂
藥師堂。桁行三間半、梁間五間、瓦葺。本尊藥師如來は慈覺大師の作と傳へる。由緖は不詳。
地藏堂。桁行六尺、梁間六尺、亞沿葺。石地藏を安置してある。(「横浜市史稿佛寺編」より)


成願寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿