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金光山最勝寺。厚木市旭町にある曹洞宗寺院

最勝寺の概要

曹洞宗寺院の最勝寺は、金光山と号します。最勝寺の創建年代等は不詳ながら、かつて全国に建立された金光明最勝王経輪読の寺院の一つではないかとも伝えられます。僧削翁(大永元年1521年寂)が開基となり曹洞宗寺院として創始、その後小田原北条と上杉輝虎(謙信)との攻防(1560年代)に際して焼き払われたりしたものの、大休門益(天正2年1574年寂)が開山したといいます。当寺の本尊釈迦像(阿弥陀)は上杉輝虎(謙信)の守護仏と伝えられるといいます。

最勝寺
最勝寺の概要
山号 金光山
院号 -
寺号 最勝寺
本尊 釈迦像
住所 厚木市旭町3-5-6
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



最勝寺の縁起

最勝寺の創建年代等は不詳ながら、かつて全国に建立された金光明最勝王経輪読の寺院の一つではないかとも伝えられます。僧削翁(大永元年1521年寂)が開基となり曹洞宗寺院として創始、その後小田原北条と上杉輝虎(謙信)との攻防(1560年代)に際して焼き払われたりしたものの、大休門益(天正2年1574年寂)が開山したといいます。当寺の本尊釈迦像(阿弥陀)は上杉輝虎(謙信)の守護仏と伝えられるといいます。

新編相模国風土記稿による最勝寺の縁起

(厚木村)
最勝寺
曹洞宗小野村龍鳳寺末、金光山と號す、本尊三尊の彌陀は(中尊長一尺七寸、脇立長各一尺二寸、共に行基作)上杉輝虎の守護佛と傳ふれど、所蔵の舊記に據ば永禄三年越氏入相の時、却て亂妨に逢し由を記す(注釈を読む)
其後慶長七年修彩を加へし記あり、 (注釈を読む)
開基は僧削翁(大永元年五月五日卒)開山大休門益(天正二年正月二十四日卒)、中興南國(慶安三年六月二十日卒)
白山稲荷天神合社
閻魔堂(新編相模国風土記稿より)

厚木市史史料による最勝寺の縁起

金光山最勝寺(旭町3-5-11)
諸国に金光明院を建立され、金光明最勝王経輪読の寺院として建立されたという伝承あり、高梨伊賀守、越智金兵衛の開基と伝う。(「厚木市史史料」より)


いいお墓

最勝寺の周辺図


関連資料
  • 新編相模国風土記稿
  • 「厚木市史史料」