妙法山本立寺。日供上人創建
本立寺の概要
日蓮宗寺院の本立寺は、妙法山と号します。本立寺は、日供上人が天文11年(1542)真言宗寺院として創建、無上土院(相伝寺)と称していたといい、磯部にあったとも伝えられます。その後日供上人は、堺妙国寺の日務上人に帰依、日蓮宗に改めて本立寺としたといいます。江戸期には猿ヶ島熊野神社の別当を勤めていました。
山号 | 妙法山 |
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院号 | - |
寺号 | 本立寺 |
本尊 | 三宝祖師像 |
住所 | 厚木市猿ヶ島178 |
宗派 | 日蓮宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
本立寺の縁起
本立寺は、日供上人が天文11年(1542)真言宗寺院として創建、無上土院(相伝寺)と称していたといい、磯部にあったとも伝えられます。その後日供上人は、堺妙国寺の日務上人に帰依、日蓮宗に改めて本立寺としたといいます。江戸期には猿ヶ島熊野神社の別当を勤めていました。
厚木市史史料による本立寺の縁起
妙法山本立寺(猿ヶ島178)
天文十一年日供上人の開創であるという。日供初め直言宗を奉じ無上土院と称していたが、堺、妙国寺の日務上人に帰依し日蓮宗に転じ名を無上土院日供と改め本寺を創建したといわれて昔は本隆寺と記されたという古文献は度々の洪水に流失してその寺歴を知ることはできない。(本立寺伝承)
古く相伝寺と称し高座郡磯部村にありしが後、猿ケ島村に移す、本立寺是なり、野口加賀(作次右衛門)星下旦下(妙純寺記録、明星山記)(「厚木市史史料」より)
新編相模国風土記稿による本立寺の縁起
(猿ヶ島村)
本立寺
妙法山と號す、法華宗(下總國中山法華経寺末)本尊三寶祖師を安ず、開山日供(無上土院と號す弘治三年三月十二日卒)
鬼子母神社(新編相模国風土記稿より)
本立寺の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿
- 「厚木市史史料」