登戸稲荷社。武田家の家臣吉沢兵庫が当地で帰農の際に邸内鎮守として草創
登戸稲荷社の概要
登戸稲荷社は、川崎市多摩区登戸にある神社です。登戸稲荷社の創建年代については不詳ながら、武田家の家臣吉沢兵庫が当地で帰農の際に邸内鎮守として草創、登戸村小名東耕地の鎮守だったといいます。
社号 | 稲荷社 |
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祭神 | 宇賀魂大神 |
相殿 | - |
境内社 | - |
祭日 | 9月7日 |
住所 | 川崎市多摩区登戸2297 |
備考 | - |
登戸稲荷社の由緒
登戸稲荷社の創建年代については不詳ながら、武田家の家臣吉沢兵庫が当地で帰農の際に邸内鎮守として草創、登戸村小名東耕地の鎮守だったといいます。
新編武蔵風土記稿による登戸稲荷社の由緒
(登戸村)稲荷社
村の乾の方小名東耕地にあり、この所の鎮守なり、本社は纔なる祠にて、拝殿三間に二間東向内に石の鳥居あり、勧請の年歴を傳へず、村内光明院の持。(新編武蔵風土記稿より)
神奈川県神社誌による登戸稲荷社の由緒
甲州武田の小荷駄奉行吉沢兵庫が登戸に帰農し、その邸内にあった社が稲荷社の始まりと伝える。天正十八年(一五八〇)、多摩川の洪水で社殿は流失したが、後、中村の旧屋敷の敷地を譲り受けで再建した。もと鳥居前に寛政六年刻銘の鳥居があったが嵐で倒潰し、社殿も大損傷を受けたため、現在の社殿を再建した。(神奈川県神社誌より)
登戸稲荷社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 神奈川県神社誌