長福寺。玉川八十八ヶ所霊場
長福寺の概要
真言宗智山派寺院の長福寺は、瑠璃光山薬王院と号します。長福寺の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿の編纂された文化文政年間(1804-1829)にあった長福寺の過去帳によると、歴代住職の中に法印良僅(天文23年1554年寂)という記載があることから、戦国時代以前の創建と思われます。玉川八十八ヶ所霊場25番となっています。
山号 | 瑠璃光山 |
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院号 | 薬王院 |
寺号 | 長福寺 |
本尊 | 大日如来像 |
住所 | 川崎市中原区上小田中6-38-3 |
宗派 | 真言宗智山派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | 玉川八十八ヶ所霊場21番 |
長福寺の縁起
長福寺の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿の編纂された文化文政年間(1804-1829)にあった長福寺の過去帳によると、歴代住職の中に法印良僅(天文23年1554年寂)という記載があることから、戦国時代以前の創建と思われます。
新編武蔵風土記稿による長福寺の縁起
長福寺
村の西の方にあり。瑠璃光山薬王院と号す。新義真言宗にて同郡小杉村西明寺の末。開山は詳ならずと云。されど古き寺院なりと見えて過去帳にしるせる世代の内に法印良僅と云あり。此人天文23年7月18日寂せしよしのす。本尊は大日坐像1尺2寸ばかり。作しれず、客殿5間に4間半なり。
薬師堂。境内に入右の方にあり。除地5畝堂は1間四方、薬師は行基の作にて秘佛と云。(新編武蔵風土記稿より)
長福寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿