安楽院。小田原市国府津にある真言宗東寺派寺院
安楽院の概要
真言宗東寺派寺院の安楽院は、梅花山泉涌寺と号します。安楽院の証券年代等は不詳ながら、弘法大師の十大弟子の一人杲隣大徳が開基となり天長10年(833)に創建したと伝えられ、その後高傳僧都が堂宇を再建して元応2年(1320年)中興したといいます。明治維新まで国府津菅原神社の別当を務めていました。
山号 | 梅花山 |
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院号 | 安楽院 |
寺号 | 泉涌寺 |
本尊 | 不動明王像 |
住所 | 小田原市国府津1762 |
宗派 | 真言宗東寺派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
安楽院の縁起
安楽院の証券年代等は不詳ながら、弘法大師の十大弟子の一人杲隣大徳が開基となり天長10年(833)に創建したと伝えられ、その後高傳僧都が堂宇を再建して元応2年(1320年)中興したといいます。明治維新まで国府津菅原神社の別当を務めていました。
「川東仏教会寺院名鑑」による安楽院の縁起
梅花山泉涌寺(センヨウジ)と号し天長10年6月の創建。開山は弘法大師十大弟子の随一人杲隣大徳。国府津鎮守菅原天神社別当をかねる。元応2年(西暦1320年)高傳僧都が堂宇を再建し中興。明治22年7月16日火災に遇い本堂焼失し多くの宝物古文書も焼失。大正12年9月1日関東大震災によって堂宇倒壊。昭和39年5月本堂・客殿・庫裡落慶。(「川東仏教会寺院名鑑」より)
新編相模国風土記稿による安楽院の縁起
(國府津村)
安楽院
寶金剛寺末、梅花山(萬治三年六月三日、京都東寺より山號免許せし令旨ありしに、今失へり、)専養寺と號す、元應二年僧高傳建、(同年卒、)本尊不動、天正十五年九月、北條氏より出せし制札一通を蔵す、其文中に當寺新地たる由見ゆれば、天正の頃寺地變遷せしなるべし、(注釈を読む)
(新編相模国風土記稿より)
安楽院の周辺図
参考資料
- 「川東仏教会寺院名鑑」
- 新編相模国風土記稿