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山王山南泉寺。高座郡寒川町にある高野山真言宗寺院

南泉寺の概要

高野山真言宗寺院の南泉寺は、山王山明王院と号します。南泉寺は、村氏五右衛門の先祖が開基、善清が開山となり天正元年(1573)に創建したといいます。城山地蔵にあった相模国準四国八十八か所83番を当寺へ移設しています。

南泉寺
南泉寺の概要
山号 山王山
院号 明王院
寺号 南泉寺
住所 高座郡寒川町一之宮1-23-1
宗派 高野山真言宗
葬儀・墓地 -
備考 -



南泉寺の縁起

南泉寺は、村氏五右衛門の先祖が開基、善清が開山となり天正元年(1573)に創建したといいます。

新編相模国風土記稿による南泉寺の縁起

(一之宮村)
南泉寺
山王山明王院と號す、古義眞言宗、岡田村安楽寺末、不動を本尊とす、開山善清、天正年中創立す、開基は村民五右衛門の先祖なり。(新編相模国風土記稿より)

「寒川町史10別編寺院」による南泉寺の縁起

南泉寺
古義真言宗で、山号は山王山、院号は明王院である。『新編相模国風土記稿』によれば、天正年間の創建で、開山は善清、開基は「村氏五右衛門の先祖」であるという。「社寺明細帳」では善清による開創を天正元年(一五七三)としており、その後享保二年(一七一七)十一月に寺が焼失したため詳細はわからないとある。ところが文政七年(一八二四)の明細書上には、「天正年中其外縁記・宝物・古器・書画等御座候」とあり、この時点で縁起があったことを窺わせる。
寛永十年(一六三三)「関東真言宗古義本末帳」(『寺院本末帳集成』)に岡田村安楽寺の末寺とあるが、明治三十五年(一九〇二)、安楽寺末から総本山金剛峰寺の直末にかわった。本尊は不動明王坐像である。寺持の堂宇として薬師堂があり、また寺持の社に天神社があった。
境内地は五四二坪。一之宮にある寺院の中では一番広い。他に境外地として耕地七筆の合計一町一反三畝七歩、宅地二八歩があった。これらの中には、元文五年(一七四〇)「一札之事」のように、檀家から寄進を受けた土地もあった。本堂の間口は一一間、奥行は八間という規模であった。
(中略)
境内には石造の弘法大師坐像がある。これは相模国準四国八十八か所の札所を示すものだが、天台宗如是庵持と伝えられる城山地蔵(八三番札所)のを移したものである。他に石造物としては、永和三年(一三七七)または永享三年(一四三一)とみられる板碑が本堂に保管されているのをはじめ、境内には宝永六年(一七〇九)の六地蔵、明和五年(一七六八)の秩父・坂東・西国・四国巡拝供養塔などがある。(「寒川町史10別編寺院」より)


いいお墓

南泉寺の周辺図