専福寺。横須賀市東浦賀にある浄土宗寺院
専福寺の概要
浄土宗寺院の専福寺は、永昌山或壽院と号します。専福寺は、榮蓮社繁譽正阿久悦が永正元年(1504)に創建、性佳(天正17年1589年寂) が中興したといいます。本尊の阿弥陀三尊像は、仏師高村東雲(高村光太郎の祖先)の作だといいます
山号 | 永昌山 |
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院号 | 或壽院 |
寺号 | 専福寺 |
住所 | 横須賀市東浦賀2-10-6 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
専福寺の縁起
専福寺は、榮蓮社繁譽正阿久悦が永正元年(1504)に創建、性佳(天正17年1589年寂) が中興したといいます。
新編相模国風土記稿による専福寺の縁起
(東浦賀)専福寺
永昌山或壽院と號す、浄土宗(鎌倉光明寺末)永正元年僧久悦建つ(榮蓮社繁譽正阿と號す、大永元年二月十五日寂す、)中興を性佳(天正十七年八月九日寂す、)と云ふ、本尊彌陀を置く、(新編相模国風土記稿より)
浦賀行政センター協働事業・浦賀探訪くらぶ掲示による専福寺の縁起
専福寺
永正元年(一五〇四)僧久悦が創建の浄土宗の寺です。本寺の阿弥陀三尊像は高村光太郎の祖で江戸時代の仏師・高村東雲の作です。
文化三年(一八〇六)ごろ俳人小林一茶が初恋の人の菩提を弔うために何度か訪れたといわれます。
墓地には東叶神社の芭蕉碑を建立した俳人福井貞斎とその娘・福の墓があり、浦賀の俳人達にはゆかりの深いお寺です。
本堂の脇には浦賀町長を務めた廻船屋川津屋太田又四郎や浦賀畸人伝にその名をとどめる桐ヶ谷善兵衛等の墓もあります。(浦賀行政センター協働事業・浦賀探訪くらぶ掲示より)
専福寺の周辺図
参考資料
- 新編相模国風土記稿