瀬戸岡神明社|あきる野市瀬戸岡の神社
瀬戸岡神明社の概要
瀬戸岡神明社は、あきる野市瀬戸岡にある神社です。瀬戸岡神明社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には瀬戸岡村の鎮守として祀られ、明治6年には村社に列格していたといいます。
社号 | 神明社 |
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祭神 | 天照大神 |
相殿 | - |
境内社 | 八雲神社、稲荷神社、春日社 |
住所 | あきる野市瀬戸岡445 |
祭日 | 9月15日 |
備考 | - |
瀬戸岡神明社の由緒
瀬戸岡神明社の創建年代等は不詳ながら、江戸期には瀬戸岡村の鎮守として祀られ、明治6年には村社に列格していたといいます。
東京都神社名鑑による瀬戸岡神明社の由緒
創立年月不詳。当村真言宗大行寺が別当を務めていたが、明治維新のさい、村持社として神官兼務をなす。(東京都神社名鑑より)
「秋川市史」による瀬戸岡神明社の由緒
神明社 瀬戸岡四四五番地
瀬戸岡古墳群の傍、神明森に鎮座している。ここは通称「おいせ林」とよばれていた。この神社の創立年代は不詳であるが、古くは「神明大神宮」とよばれていた。
『新編武蔵風土記稿』に「神明社、社地年貢地、一段歩、村の西南の隅にあり」と出ている。
明治二年(一八六九)社号を神明社と改め、同六年(一八七三)には村社の社格となった。
御祭神は天照大神であって、例祭日は、九月十六日になっている。四月一日は、別名「ウママチ」といわれて、戦前までは、近郷近在の農家で飼われていた馬が着飾って、馬主に引かれて集まってきて大変にぎわったものであった。地区の人たちは、その日、大豆を煮て新しいザルに入れておいて、集まってきた馬に与えたそうである。人と馬の美しい交歓風景ももう遠い過去のものとなってしまった。
市指定(昭和四十九年三月十三日)無形民俗文化財(民俗芸能)の瀬戸岡獅子舞が、毎年九月の祭礼の折、氏子によって奉納されている。また獅子舞と一緒に行われる棒使いは、江戸時代の末ごろ、尾崎で天然理心流の道場を開いていた大西十郎師範が、棒術の形取りを伝えたものといわれている。
(「秋川市史」より)
新編武蔵風土記稿による瀬戸岡神明社の由緒
(瀬戸岡村)
神明社
社地年貢地、一段歩、村の西南の隅にあり、小社にて、上屋一間四方、例祭は九月十六日、村の鎮守にて、村民の持、(新編武蔵風土記稿より)
瀬戸岡神明社の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「秋川市史」
- 東京都神社名鑑