西光寺|あきる野市雨間にある天台宗寺院

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圓満山西光寺|順興法師開基、文明2年創建

西光寺の概要

天台宗寺院の西光寺は、圓満山と号します。西光寺は、順興法師を開基として文明2年(1470)に創建したと伝えられます。当寺の観音堂は、養蚕の神とされ、戦前には参詣者も多かったといいます。

西光寺
西光寺の概要
山号 圓満山
院号 -
寺号 西光寺
住所 あきる野市雨間1076
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 -



西光寺の縁起

西光寺は、順興法師を開基として文明2年(1470)に創建したと伝えられます。当寺の観音堂は、養蚕の神とされ、戦前には参詣者も多かったといいます。

新編武蔵風土記稿による西光寺の縁起

(雨間村)西光寺
除地、一段二畝八歩、小名下村にあり、天台宗、同郡高月村圓通寺末、圓満山雨間院と號す、開山を龍賢と云、寂年詳ならず、客殿六間に九間、本尊彌陀の立像、長一尺四寸餘、
觀音堂。客殿の巽にあり、九尺四方、(新編武蔵風土記稿より)

「秋川市史」による西光寺の縁起

西光寺(雨間一〇七六番地)
山号は圓満山、院号は雨間院という。天台宗延暦寺派に属し、もとは八王子市高月の円通寺末であった。
本尊は阿弥陀如来である。寺伝によれば、文明二年(一四七〇)順興法師を開基とし、亮千によって創建されたという。開山については『新編武蔵風土記稿』には「開山を龍賢と云、寂年詳ならず」としている。
慶長十八年(一六一三)火災により、古記録類を焼失したので、詳細なことは不明である。寛永十三年(一六三六)八月再建されて現在に至っている。
当時は御朱印地はなく除地が一段二畝八歩あった。
境内に観音堂がある。文明五年(一四七三)の創建文久二年(一八六二)再建と伝える古いもので、本尊は正観世音菩薩である。この本尊は養蚕の神とされていて、戦前には遠く山梨方面から、桧原、五日市方面、秋川地域などから参詣人が多かったという。十八日の縁日には、かなりの人出でにぎやかであった。(「秋川市史」より)


西光寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「秋川市史」