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長福寺|東久留米市柳窪にある真言宗智山派寺院

長福寺の概要

真言宗智山派寺院の長福寺は、柳窪山と号します。長福寺は、柳窪村が開村して間もない寛文年間(1661-1672)頃に恵弁法印(宝永2年1705年寂)が開山となり創建、寛政5年(1793)当地へ移転したといいます。

長福寺
長福寺の概要
山号 柳窪山
院号 -
寺号 長福寺
住所 東久留米市柳窪4-15-16
本尊 大日如来像
宗派 真言宗智山派
葬儀・墓地 -
備考 -



長福寺の縁起

長福寺は、柳窪村が開村して間もない寛文年間(1661-1672)頃に恵弁法印(宝永2年1705年寂)が開山となり創建、寛政5年(1793)当地へ移転したといいます。

新編武蔵風土記稿による長福寺の縁起

(柳窪村)長福寺
境内除地1段、村の中央にあり。真言宗新義、新座郡片山村蓮光寺の末。大日山と号す。本堂4間半に3間。本尊大日、木の坐像にて長1尺許なるを安す。開山は詳ならず。
稲荷天神合社。境内にあり、小社にして上屋6尺四方。拝殿3間に2間東向なり。前に鳥居を立てり。傍に古松あり。囲り2丈許、例祭3月、村内の鎮守なり。(新編武蔵風土記稿より)

東久留米市史による長福寺の縁起

長福寺は、『新編武蔵風土記稿』に、新座郡片山村蓮光寺の末と記されているが、柳窪村の旧家が蓮光寺を菩提寺としているところが多いことからも、寛文年間(一六六一-七二)、柳窪村の関村とともに草創されたのであろう。
寺地は、現在天神社の境内地にあるが、もとは他所にあって、寛政五年(一七九三)、現在地に移されたものである。弘化四年の「柳窪村長福寺替地一件訴状」には「当時之義ハ天明元已字前高取分川北場所ニ有之候所、寛政五年村鎮守天満宮社地ヨリ引移罷在候(以下略)」(『市史近世史料』一二八)とみえる。
また、当寺の掲額の裏には、「法印権僧都恵弁三十三回、本尊大日如来享保十九甲寅天十一月大吉、柳窪村、長福寺二代、宥弁年四十八歳求之」と記されていることから、開山は恵弁法印で、その三十三回忌が享保一九年(一七三八)に当たるから、示寂したのは宝永二年(一七〇五)となり、寛文ごろの創建に符合しよう。二世は宥厳である。
現在、堂宇は新築されて、古いものはほとんど残っていない。村の念仏講や寄合に利用されている。(東久留米市史より)


長福寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 東久留米市史