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浄牧院|東久留米市大門町にある曹洞宗寺院

浄牧院の概要

曹洞宗寺院の浄牧院は、神護山と号します。創建年代は不詳ですが、文安元年(1444)八王子城主北条安祝が開基となり創建したと伝えられます。天正19年(1591)寺領30石の朱印状を拝領、前沢村・神山村・当村(大門村)に寺領を有していました。東久留米七福神の大黒天、関東百八地蔵107番です。

浄牧院
浄牧院の概要
山号 神護山
院号 浄牧院
寺号 -
住所 東久留米市大門町1-3-4
本尊 不動明王
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 浄牧院大空会館で宗旨宗派を問わず葬儀可能
備考 東久留米七福神の大黒天、関東百八地蔵107番、久留米みのり幼稚園併設



浄牧院の縁起

浄牧院の創建年代は不詳ですが、文安元年(1444)八王子城主北条安祝が開基となり創建したと伝えられます。天正19年(1591)寺領30石の朱印状を拝領、前沢村・神山村・当村(大門村)に寺領を有していました。

新編武蔵風土記稿による浄牧院の縁起

境内22569坪。村の中央にあり。禅宗曹洞派、遠江国高尾山石雲院の末。神護山と号す。本堂10間に8間半、南向。本尊は釈迦長1尺許なる坐像なり。脇士文殊普賢是も木の坐像にて長8寸許。開山宋芝岱明応5年10月27日示寂。開基は当郡八王子の城主安祝、文安元年草創すと云。法号定光院機翁公卒年及び俗称を傳へず。当寺昔は前沢村にありしといへど、或は神山村ともいへど正しき傳へなければ、今よりは知べからず。按するに天正19年寺領30石の地を前沢村にして、当寺へ賜ひしことは其比の御朱印あり。されば往古は前澤村の地廣して、当村及び神山村はかの前澤村より分郷せしものとみゆ。正保の頃のものには寺領25石門前村、10石神山村とあれば、其分郷せしは慶長より正保の間なるべし。当寺は其分郷せし門前村の地に属せしなるべし。今も前澤の浄牧院と土人の唱るは、往古は前澤の地にありしゆへ、其地名をもて呼習はせしものなるべし。尚門前村の条に弁せり。
開山堂。3間に3間半。本堂より廊下を経てここに至る。
衆寮。7間に4間半。本堂に向て左の方にあり。本堂より廊下を経てここに至る。
鐘楼。2間四方。本堂に向て右の方にあり。鐘は寛文5年に鋳しよし。銘文はもらせり。
門。本堂の正面にあり。
白山秋葉相社。門を入て右にあり。2間に1間。
弁天社。門に向て左の方にあり。上屋6尺四方。中に小祠を置。東向。前に鳥居を立つ。廻りに池あり。
古碑。本堂の後墓所にあり。永仁3年乙未6月21日とあり。 (新編武蔵風土記稿より)

浄牧院のもと末寺


浄牧院所蔵の文化財

  • 浄牧院のカヤ(東久留米市指定文化財)
  • 神谷家墓所(東久留米市指定史跡)
  • 鈴木家墓所所(東久留米市指定史跡)

浄牧院のカヤ

この榧の樹は、市内に生育する多くの樹木の中で数少ない種類の一つに数えられ、目通り幹周3.5m、樹高18mを計測する雌株です。
樹齢は約400年と推定され老木としての風格を備え、東久留米市の自然を記念するものとして貴重な植物です。
榧は、イチイ科カヤ族の雌雄異株の常緑高木で、樹高は普通20m、胸高直径1m内外となります。種子の胚乳は脂肪に富み、油をしぼり、又、食用ともします。
分布は、宮城県以西、四国・九州。(東久留米市教育委員会掲示より)


浄牧院の周辺図


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参考資料
  • 新編武蔵風土記稿