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寶珠庵|西多摩郡奥多摩町梅沢にある曹洞宗寺院

寶珠庵の概要

曹洞宗寺院の寶珠庵は、高陽山と号します。寶珠庵は、天頗和尚(慶長12年1607年歿)が開山、梅澤山寶珠庵と号していたといいます。当地にはかつて龍壽寺という寺があったことから、江戸期は当地梅沢を龍壽寺村と称していたともいいます。

寶珠庵
寶珠庵の概要
山号 高陽山
院号 -
庵号 寶珠庵
住所 西多摩郡奥多摩町梅沢140
宗派 曹洞宗
葬儀・墓地 -
備考 -



寶珠庵の縁起

寶珠庵は、天頗和尚(慶長12年1607年歿)が開山、梅澤山寶珠庵と号していたといいます。当地にはかつて龍壽寺という寺があったことから、江戸期は当地梅沢を龍壽寺村と称していたともいいます。

新編武蔵風土記稿による寶珠庵の縁起

(龍壽寺村)
寶珠庵
境内除地、村の中程にあり、梅澤山と號す、曹洞派禅宗、二俣尾村海禅寺末、開山天頗慶長十二年四月十三日示寂、本尊釋迦木の坐像にて長一尺五寸、客殿は五間に六間なり。
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薬師堂
年貢地、九坪許、これも同邊にあり、二間四方、木の坐像長八寸を安す。
(新編武蔵風土記稿より)

「奥多摩町史」による寶珠庵の縁起

高陽山寶珠庵
曹洞宗海禅寺派で開基は不詳、開山は海禅寺八世天顔和尚(慶長十二年寂)。本尊は釈迦如来坐像(長さ二三センチメートル、総高四五センチメートル)。ほかに達磨、提元、不動明王、章駄天、聖徳太子、開山天顔和尚等の諸像が安置されています。もと梅沢山宝珠院と称し什物の磐子の銘に
武刕多麻郡竜寿寺村梅沢山宝寿院什物 潮音代
寛政五癸丑年四月吉日 施主 岡田権左衛門
とあります。ここ梅沢の地は慶長の検地帳には梅沢村とあり、寛文の検地帳は竜寿寺村とあってこれは江戸時代を通じての村名となり明治八年、古えに復して梅沢村となったのです。小田原北条氏の麾下梅沢佐渡守の居住地かとの説もありますが不明です。
宝珠庵の寺号について―往昔ここに竜寿寺なる寺院があり、宝珠庵はこれを引継いだもので、竜寿(竜手)の持つ宝珠を受継ぐ意の寺号との説もあります。
不動明王像は宝珠庵明細帳に雲慶作とあります。この不動明王像の胎中に朽ちかけた不動明王の首部だけがあり、この首は雲慶の時代―鎌倉期の作とも見られますが、現在の像はこの古像を模して彫刻したものと思われ、江戸中期以後の造立でしょう。
なおこの地、東平に薬師堂(二間四面)があり、十二神将もあったのですが、現在堂は取りこわされて梅沢生活館となり、その片隅に長二四センチメートルの薬師像が安置され、十二神将は失われています。(「奥多摩町史」より)


いいお墓

寶珠庵の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「奥多摩町史」