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鳳林山篁修寺。横浜市磯子区森にある臨済宗建長寺派寺院

鳳林山篁修寺の概要

臨済宗建長寺派寺院の篁修寺は、鳳林山と号します。篁修寺は、東漸寺第十一世光室和尚が永徳元年に(1381年)開創、篁修庵と称していたといいます。金澤觀音靈場の第29番です。

篁修寺
篁修寺の概要
山号 鳳林山
院号 -
寺号 篁修寺
住所 横浜市磯子区森5-9-6
宗派 臨済宗建長寺派
葬儀・墓地 -
備考 -



鳳林山篁修寺の縁起

篁修寺は、東漸寺第十一世光室和尚が永徳元年に(1381年)開創、篁修庵と称していたといいます。

新編武蔵風土記稿による鳳林山篁修寺の縁起

(森公田村)篁修菴
除地、一段二畝、村野坤の方に在、荒貴山と號す、禅宗臨済派、杉田村東漸寺末、本堂五間半に四間、開山光室永徳元年九月三日寂す、本尊釋迦は坐像長一尺五寸、元禄七年村の名主太郎左衛門の寄附する所なり、其前の本尊は詳ならず。
鍾樓。境内、巽の方にあり、延享元年四月鑄造の鐘をかく、銘文あり、考證に益なし。(新編武蔵風土記稿より)

「横浜市史稿 佛寺編」による鳳林山篁修寺の縁起

篁脩庵
位置
篁脩庵は、鳳林山と號し、文久の頃までは荒神山と稱した。磯子區森町千一番地に在る。境内は六百五十九坪。杉田町東漸寺末、寺格は建長寺派六等地、金澤札所觀音靈場の第二十九番である。
沿革
永德元年、東漸寺第十一世、同寺塔頭多福院第三世光室和尙の開創したものである。光室は永德三年九月三日に示寂し、其後無住の時多く、沿革等も詳かでない。現住信光の住してから、荒廢した堂宇の面目を一新したのであつたが、大正十二年九月一日の震災に倒潰し、翌十三年更に再建を遂げた。
本尊
釋迦如來の坐像、長一尺五寸、作者不詳であるが、永祿七年、同村名主太郞左衞門が寄附したものと云はれてゐる。
堂宇
現今の堂宇は、本堂 桁行二間、梁間三間、四注造、草葺。大正十三年再建、第十一世信光代。・庫裡 桁行三間、梁間四間、草葺。大正十三年再建、第十一世信光代。及び鐘樓 桁行九尺、梁間九尺、草葺、延享元年建立。等である。(「横浜市史稿 佛寺編」より)


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鳳林山篁修寺の周辺図

参考資料
  • 新編武蔵風土記稿
  • 「横浜市史稿 佛寺編」