松澤山専称寺。旧小机領三十三所子歳観音霊場
専称寺の概要
浄土宗寺院の専称寺は、松澤山一向院と号します。専称寺は、明譽(元和2年1616年寂)が開山となり創建したといいます。旧小机領三十三所子歳観音霊場4番です。
山号 | 松澤山 |
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院号 | 一向院 |
寺号 | 専称寺 |
住所 | 横浜市神奈川区菅田町766 |
宗派 | 浄土宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
専称寺の縁起
専称寺は、光蓮社明誉上人樹広大和尚(元和2年1616年寂)が開山となり創建したといいます。
新編武蔵風土記稿による専称寺の縁起
(下菅田村)専稱寺
西北の隅にあり、浄土宗小机村泉谷寺の末、開山明譽元和二年八月七日寂す、客殿六間半に五間東南の間に向ふ、本尊阿彌陀立像長二尺八寸なるを安せり。
観音堂。門を入て右の方にあり、堂三間四方如意輪観音坐像長け一尺運慶の作と云。(新編武蔵風土記稿より)
神奈川区史による専称寺の縁起
草創の年代は明らかでないが当寺開基光蓮社明誉上人樹広大和尚、元和二年辰八月七日と位牌に彫られてあるのを見ても徳川時代初期に建立されたものであろう。
第六世称蓮社専誉上人と第十二世観誉社察誉上人の代に中興している。
現在の本堂は第十五世体蓮社同誉上人の代に再建したものである。(神奈川区史より)
「横浜市史稿」による専称寺の縁起
專稱寺
位置及寺格
專稱寺は、松澤山一向院と號し、神奈川區下菅田町千百四十五番地に在る。境内は二段六畝二十四步。官有地。區内小机町泉谷寺末で、寺格は準能分二等、小机音靈場の第四番札所である。
沿革
草創の年代は詳かでないが、開山光蓮社明譽上人は、元和二年八月七日示寂したとあるから、德川時代初期の建立であらう。第六世の時及び第十二世の代に中興し、更に第十五世體蓮社同譽上人晃阿文冏の代に、本堂の再建を見た。今の堂宇がそれである。元、末寺一箇寺を有したが、昭和五年十一月二十一日に廢絕した。
本尊
本尊は阿彌陀如來立像長二尺八寸。で、脇士は觀音・勢至の二菩薩である。
堂宇
今の堂宇は本堂(桁行六間、梁間六間、向拜附、草葺、四注造。)・庫裡(桁行四間、梁間七間、草葺。)である。
境内堂
觀音堂。(桁行三間、梁間三間、茅葺。)本尊は如意輪觀音菩薩坐像、長一尺。傳運慶作である。(「横浜市史稿」より)
専称寺の周辺図
参考資料
- 新編武蔵風土記稿
- 「神奈川区史」
- 「横浜市史稿」