橋戸稲荷神社|区内唯一の土蔵づくり本殿
橋戸稲荷神社の概要
橋戸稲荷神社は、足立区千住橋戸町にある稲荷神社です。橋戸稲荷神社は、延長4年(926)の創建とも、延徳2年(1490)の創建とも伝えられ、江戸期には千住掃部宿内橋戸町の鎮守社だったといいます。橋戸稲荷神社本殿は、区内唯一の土蔵づくり本殿として、昭和57年に足立区有形文化財(建造物)に登録されています。
社号 | 橋戸稲荷神社 |
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祭神 | 倉稲魂命 |
相殿 | - |
境内社 | 稲荷神社、水神社 |
祭日 | 9月15日 |
住所 | 足立区千住橋戸町25-1 |
備考 | - |
橋戸稲荷神社の由緒
橋戸稲荷神社は、延長4年(926)の創建とも、延徳2年(1490)の創建とも伝えられ、江戸期には千住掃部宿内橋戸町の鎮守社だったといいます。
境内石碑による橋戸稲荷神社の由緒
この社は、延長4年(926)に創建された。千住では歴史の古い神社である。初めは千住の渡し場のほとりの小高い丘に小さな社が造られ、土地の開拓民や、荒川の上流から江戸に荷物を運ぶ船頭達の信仰を集めた。
祭神倉稲魂命と稱し、本殿は延徳2年(1490)、拝殿は文久2年(1862)に建立された。現在の本殿は、土蔵造りで扉を開くと左右に伊豆長八作の雌雄2匹の狐と稲穂の漆喰の彫刻が見られる。
懐古本殿500年、奉祀天皇陛下御即位大典(皇紀2650年)を記念し、総代氏子中が集い祝祭をあげ、滋に縁起の碑を建立する。平成2年9月15日(境内石碑より)
足立区教育委員会資料による橋戸稲荷神社の由緒
橋戸稲荷神社と伊豆長八の鏝絵
当社は、昔この地の半農半漁の開拓民が、稲荷の神を勧請し、延徳2年(1490)の創建という。もとは千住河原の景勝地に本殿のみが建立されていたと伝わる。
江戸時代、千住が宿場になると、社の付近に、上流の飯能・秩父・川越方面から物資が陸揚げされ、この辺りは、継場として栄えた。
文禄3年(1594)千住大橋がかけられると、人馬の往来が数多くなり、宿場を通る人々や、河川の小揚組などの信仰を集め今日に至った。
文久3年(1863)拝殿の前扉に、当時鏝絵の名工として名高かった伊豆長八の創作で白狐が彫刻された。伊豆長八の作品として、数少ない貴重な遺作である。(足立区教育委員会掲示より)
東京都神社名鑑による橋戸稲荷神社の由緒
往古(古伝に正和年間<一三一二-七>と伝う)より古祠があり、延徳元年(一四八九)より当所の氏神として尊崇せられた。(東京都神社名鑑より)
新編武蔵風土記稿による橋戸稲荷神社の由緒
(掃部宿)稲荷社二宇
一は川原町にあり、一は橋戸町にあり、各町の鎮守なり、共に小塚原圓蔵院持(新編武蔵風土記稿より)
橋戸稲荷神社所蔵の文化財
- 土蔵づくり本殿(足立区登録文化財)
橋戸稲荷神社の周辺図