仲町氷川神社|足立区千住仲町の神社

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仲町氷川神社|牛田にあった氷川神社を遷座、東都七福神の関屋天満宮

仲町氷川神社の概要

仲町氷川神社は、足立区千住仲町にある氷川神社です。仲町氷川神社の創建年代等は不詳ながら、牛田に里人が勧請、元和2年(1616)に荒川堤防を造成する際、当地へ遷座したといいます。千住七福神の弁財天、境内の関屋天満宮は東都七福神の一つでした。

仲町氷川神社
仲町氷川神社の概要
社号 氷川神社
祭神 素盞嗚尊
相殿 大国主大神
境内社 関屋天満宮、江島神社(弁財天)、三峰神社、稲荷神社
祭日 9月15日
住所 足立区千住仲町48-2
備考 千住町中組の村社、千住七福神の弁財天



仲町氷川神社の由緒

仲町氷川神社の創建年代等は不詳ながら、牛田に里人が勧請、元和2年(1616)に荒川堤防を造成する際、当地へ遷座したといいます。

新編武蔵風土記稿による仲町氷川神社の由緒

(千住町三町目)氷川社
村持なり、當社は元牛田にあり、何の頃にや水災をさけんが為にここに移せりと、今もかの地に社跡遺れり。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による仲町氷川神社の由緒

此の地延喜年間(九〇一-二三)に始り文治年間(一一八五-九〇)には集落となる。
社の創建年代は詳らかでないが、今より南東の牛田寄の元宮という所に里人が勧請したが、その後、荒廃していた。慶長三年(一五九八)に石出掃部介義胤がこの地を支配し、元和二年(一六一六)に荒川水除堤を作る時に、この神社の土地がその敷地にあたるために、現在地に遷座し、社殿を建てると共に、改めて武蔵国一の宮氷川神社の御分霊を勧請して、この地の鎮守とした。(東京都神社名鑑より)

境内社関谷天満宮について

(掃部宿)天神社
小名関屋にありし社を移せり、故に鳥居に関屋天満宮と扁す、神軀菅公の像を安ず、これ自作なりといへど覚束なし、又社内に古碑あり、碑表に元応元年二月十九日、行年七十五歳、日朗と彫り、裏面に子育鬼子母神云々と刻す、日朗は日蓮高足の門人日朗にや、覚束なし、碑名の様至て卑俗に見ゆ。(新編武蔵風土記稿より)

仲町氷川神社の周辺図