瑞祥山仙龍寺|大石内蔵助良雄など三人の木像
仙龍寺の概要
臨済宗妙心寺派寺院の仙龍寺は、瑞祥山と号します。仙龍寺は、大雲禅師(万治3年寂)が開山となり、下谷山崎町に万治年間(1658-1660)創建、明治44年当地へ移転したといいます。江戸時代には、当寺住職が大石瀬左衛門信清の甥であった縁から、大石内蔵助良雄、同主税良全、同瀬左衛門信清三人の木像が祀られていたといいます。
山号 | 瑞祥山 |
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院号 | - |
寺号 | 仙龍寺 |
住所 | 文京区本駒込1-8-13 |
宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
仙龍寺の縁起
仙龍寺は、大雲禅師(万治3年寂)が開山となり、下谷山崎町に万治年間(1658-1660)創建、明治44年当地へ移転したといいます。江戸時代には、当寺住職が大石瀬左衛門信清の甥であった縁から、大石内蔵助良雄、同主税良全、同瀬左衛門信清三人の木像が祀られていたといいます。
「本郷區史」による仙龍寺の縁起
仙龍寺
駒込東片町に在り、妙心寺末瑞祥山と號す、萬治元年開祖大雲の堂宇を下谷山崎町に開けるに發端し知覚明治三十五年三月舊地を賣却して現地に移転し來つた。(「本郷區史」より)
御府内寺社備考による仙龍寺の縁起
京都花園妙心寺末 下谷山崎町
瑞祥山仙龍寺境内東叡山御年貢地千七十坪
起立万治年中ニ御座候。
開山大雲、万治三年三月十三日寂。
中興温州、元禄十一年四月朔日卒。
客殿。本尊釈迦如来、座像。
鎮守堂。辨財天瑜伽権現、安置之年代相分不申候。
以上丙戌書上。
寺社奉行へ提出するものにハ下谷坂本仙龍寺と書在と寺地ハ山崎町の内なりと云。
当寺に大石内蔵助良雄、同主税良全、同瀬左衛門信清三人の木像有。是ハ先住鄭尋と云、僧信清の甥なりし故其年回の時造立せしなり。又瑜伽権現ハ信清信したる故、是も鄭尋の時弁天堂に勧請せり。神体幣束、本地薬師。縁日毎月廿三日也。以上捜索(御府内寺社備考より)
仙龍寺所蔵の文化財
- 阿弥陀如来坐像一躯(区指定有形文化財)
阿弥陀如来坐像一躯
平安時代後期に盛んに行われた定朝様の像容を示し、割矧造の手法もその時期の典型的なものである。
後世面部を割って玉眼を入れたため、面相がやや改変されているが、平安時代最末期ないし鎌倉時代初期の作として貴重なものである。
像高六十九・六cmヒノキ材
面部および胸腹部金泥塗 その他漆箔 螺髪彩色 肉髻珠(文京区教育委員会掲示より)
仙龍寺の周辺図
参考資料
- 「本郷區史」
- 御府内寺社備考