西宇喜田稲荷神社|西宇喜田村の鎮守
西宇喜田稲荷神社の概要
西宇喜田稲荷神社は、江戸川区北葛西にある稲荷神社です。西宇喜田稲荷神社は、西宇喜田村の鎮守として寛永20年(1643)に創建、明治維新後には村社となっていたといいます。
社号 | 稲荷神社 |
---|---|
祭神 | 豊受姫神 |
相殿 | - |
境内社 | 黄金山神社、弁天社 |
住所 | 江戸川区北葛西4-24-16 |
祭日 | - |
備考 | 旧西宇喜田村鎮守 |
西宇喜田稲荷神社の由緒
西宇喜田稲荷神社は、西宇喜田村の鎮守として寛永20年(1643)に創建、明治維新後には村社となっていたといいます。
江戸川区教育委員会掲示による西宇喜田稲荷神社の由緒
稲荷神社
旧西宇喜田村の鎮守で村社でした。祭神は豊受姫神を祀り、寛永20年(1643)創建といわれています。
境内に立つ石造の常灯明二基は、文政8年(1825)に再建されたものです。(江戸川区教育委員会掲示より)
「江戸川史」による西宇喜田稲荷神社の由緒
稲荷神社(宇喜田町二三八七番地)
旧西宇喜田村の鎮守で村社であった。豊受姫神を祀り、寛永二十年(一六四三)の創建といわれる。石鳥居は天明二年四月建立で、石造の常灯明二基は文政八年六月再建のものである。境内に明治三十六年建立の「乾海苔創業記念碑」がある。(「江戸川史」より)
新編武蔵風土記稿による西宇喜田稲荷神社の由緒
(西宇喜田村)稲荷社
鎮守なり。寛永二十0年の勧請。本地十一面観音坐像長3寸許。
末社水神。(新編武蔵風土記稿より)
東京都神社名鑑による西宇喜田稲荷神社の由緒
旧西宇喜田村の鎮守として、往古より当所に鎮座していたが、たびたびの風水害により記録流失し、創立年月は不詳であるが、『東京府志料』によると寛永二十年(一六四三)と記載されている。(東京都神社名鑑より)
西宇喜田稲荷神社所蔵の文化財
- 乾海苔創業記念碑
乾海苔創業記念碑
海苔はかって江戸川区の特産でした。この碑は、明治36年に建立されたもので、碑文の要旨は次のとおりです。
「東京湾の海苔を製造販売するものは、荏原郡大森村だけだった。明治19年西宇喜田村の里正(村長)、故宇田川政休は田中小五郎と協力し、この事業を創設した。百難を排して邁進し、村民を指導した結果、海苔採取が今日の繁栄を見るに至った。西宇喜田村の有志は碑を建て、二人の功績を百世に伝えようと、事情を熟知している橋本省吾に文を依頼し、碑文とした。」(江戸川区教育委員会掲示より)
西宇喜田稲荷神社の周辺図