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伊予田北野神社|江戸川区北小岩の神社、伊予田村鎮守

伊予田北野神社の概要

伊予田北野神社は、江戸川区北小岩にある北野神社です。伊予田北野神社の創建年代は不詳ですが、江戸期には天神稲荷合社と称して伊予田村の鎮守であったといいます。伊予田村にはもう一社天神稲荷合社と記載されている社がありましたが、明治42年(1909)に合祀、北野神社と改称したといいます。昭和39年(1964)に一里塚(東小岩6-36)近くにあった須賀神社を合祀しています。

北野神社
北野神社の概要
社号 北野神社
祭神 菅原道真公、素戔鳴尊、倉稲魂命
相殿 -
境内社 水神社
住所 江戸川区北小岩3-23-3
備考 旧伊予田村(現在の北小岩3・4丁目)の鎮守



伊予田北野神社の由緒

伊予田北野神社の創建年代は不詳ながら、江戸期には天神稲荷合社と称して伊予田村の鎮守であったといいます。伊予田村にはもう一社天神稲荷合社と記載されている社がありましたが、明治42年(1909)に合祀、北野神社と改称したといいます。昭和39年(1964)に一里塚(東小岩6-36)近くにあった須賀神社を合祀しています。

江戸川区教育委員会掲示による伊予田北野神社の由緒

旧伊予田村(現在の北小岩3・4丁目)の鎮守です。江戸時代にはこの地にあった稲荷神社と北方の北野神社が明治42年(1909)に合祀され、今の北野神社となりました。
昭和39年(1964)には一里塚近くにあった須賀神社を合祀し、そこで行われていた芽の輪くぐりをここで行うようになりました。祭神には稲荷神社の倉稲魂命と北野神社の菅原道真、それに須賀神社の素戔鳴尊を加えた三柱を祀ってあります。(江戸川区教育委員会掲示より)

「江戸川区史」による伊予田北野神社の由緒

北野神社(北小岩三丁目二三番三号)
旧伊予田村の鎮守で明治四十二年稲荷神社に北野神社を合祀した。社殿に「稲荷大明神天満宮」と書かれた額をかかげ、祭神に菅原道真、倉稲魂命をまつる。創建年月は明かでないが、シイの古木が二本茂り、石造の常灯明は嘉永元年戊申九月九日の建立で、社殿裏の水神宮の小祠には「寛政八辰年正月二日、御番所町、伊予田村」の銘がある。昭和三十九年に一里塚跡にあった須賀神社を合祀した。毎年六月「茅の輪くぐり」の行事が執行される。 (「江戸川区史」より)

「新編武蔵風土記稿」による伊予田北野神社の由緒

(伊予田村)天神稲荷合社。
村の鎮守とす。法林寺持。
天神稲荷合社。
前の天神、稲荷を写し、元禄2年字新町に一社を建て、其所の鎮守とす (「新編武蔵風土記稿」より)

東京都神社名鑑による伊予田北野神社の由緒

当神社の境内地は、昔は稲荷神社のものであり、明治八年、近くの須賀神社を飛地境内末社とし、さらに明治四十三年には、氏子区域内の北野神社と合併した。鎮座の年代は詳らかでないが、往時は市川・小岩関所の所在地であったため、遠近の信者を迎え、また明治のころには、祭礼日に須賀神社の所有する獅子頭を町内巡行して、疫病を退散せしめる神事が盛んであった。 (東京都神社名鑑より)


伊予田北野神社所蔵の文化財

  • 北野神社の芽の輪くぐり

北野神社の芽の輪くぐり

直径3mに及ぶ大きな芽の輪を作って境内に立て、氏子たちが家族の氏名や年齢を書いた人形を持って芽の輪をくぐり、無病息災を願う夏越しの行事です。毎年6月25日の例祭日に行われます。芽の輪くぐりが終わると大祓いの式を行い、昔は人形を江戸川に流しました。素戔鳴尊が芽の輪で流行病を防ぐことを村人に教えたという故事による行事です。(江戸川区教育委員会掲示より)


伊予田北野神社の周辺図