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橋本神明大神宮。相模原市緑区橋本の神社、酉の市

橋本神明大神宮の概要

橋本神明大神宮は、相模原市緑区橋本にある神社です。橋本神明大神宮の創建年代は不詳ですが、永禄12年(1569)に創建したと伝えられます。近隣にあった天神社を当地に遷座、さらに大坂大鳥神社を勧請、境内に祀っています。

橋本神明大神宮
橋本神明大神宮の概要
社号 橋本神明大神宮
祭神 天照皇大神
相殿 天日鷲命、菅原道真公
境内社 橋本天満宮、大鷲神社
祭日 春季大祭1月25日、夏季大祭8月1日、秋季例祭11月酉の日
住所 相模原市緑区橋本6-39-25
備考 もと別当寺:香福寺



橋本神明大神宮の由緒

橋本神明大神宮の創建年代は不詳ですが、永禄12年(1569)に創建したと伝えられます。近隣にあった天神社を当地に遷座、さらに大坂大鳥神社を勧請、境内に祀っています。

新編相模国風土記稿による橋本神明大神宮の由緒

(橋本村)神明宮
香福寺持下同じ、例祭7月21日。
天神社
例祭2月25日。(新編相模国風土記稿より)

「さがみはら風土記稿」による橋本神明大神宮の由緒

神明大神宮は旧大山道に沿う橋本商店街の中にあります。細長くのびる参道のまわりにはまだ若いイチョウの木が立ち並んでいますが、以前は樹齢が400年を越す大松が生い茂り、昼でもなお暗い神城を成していました。しかし、昭和34年の伊勢湾台風などの被害により次々と枯死してしまい、現在ではずいぶんとさっぱりとした境内になっています。
この神社の創建は永禄12年(1569)と伝えられています。しかし、天保年間(1830~44)に地域全域を襲う大火があり、貴重な記録のすべてが焼失してしまいました。そのため地域の歴史やこの神社の詳細を調べることは非常に困難となっています。ただ、この神社の境内は古くから「お伊勢の森」と呼ばれ、伊勢神宮をお詣りに行く人はここで旅の安全を祈願してから出かけたといわれています。
境内には天満宮や八坂神社が合祀されていますが、昭和46年には商売繁盛を願う商店街の人々により大鷲神社が勧請されました。そのため毎年11月の「酉の市」では縁起ものの熊手などを求める参拝者でにぎわっています。この「酉の市」には手作りのあんどんが参道いっぱいに並べられるため「あんどん祭り」と呼ばれています。(「さがみはら風土記稿」より)

境内掲示による橋本神明大神宮の由緒

永禄12年1月ノ創立と申傳フ。当神社ニ関スル諸記録ハ天保年間当部落大火ノ為メ焼失シテ知ルコト能ズ然レドモ古来ヨリ当境内地ヲ御伊勢ノ森ト称シ樹齢四五百年ノ松杉参道ヲ覆イ神厳ナル浄域ナルヲ見ル時往古ヨリ境内地トシテ爰ニ奉祀シアリタル事ヲ想像スルモノナリ。柚木弥一書(境内掲示より)

境内掲示による境内社大鳥神社の由緒

酉の市由来
大鳥神社の本社はもと官幣大社で大阪府堺市の鳳町にあった。昔は武士が武運長久を祈る神だったのが次第に商売繁昌を祈り客商売の開運の神として信仰されるようになった。東京都足立区花畑町の大鷲神社(旧葛西の花又村)の方が大酉又は本酉とよばれていた。
千住勝泉寺(台東区千束長国寺か?)の鳳明神は中の酉とよばれていた。東京を中心に酉の市が行われ、縁起物を取り合わせた熊手を売る熊手市で有名である。三の酉まである年に火事が多いなどと言う俗信も残っている。(境内掲示より)


橋本神明大神宮の周辺図




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