平等寺。南足柄市怒田にある東寺真言宗寺院
平等寺の概要
東寺真言宗寺院の平等寺は、南谷山奥蔵院と号します。平等寺は、尊觀(延慶2年1309年寂)が嘉元2年(1304)に開山、明治維新まで朝日観音堂や長尾天神社、若宮八幡神社などを擁していました。
山号 | 南谷山 |
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院号 | 奥蔵院 |
寺号 | 平等寺 |
本尊 | 地蔵菩薩像 |
住所 | 南足柄市怒田1280 |
宗派 | 東寺真言宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
平等寺の縁起
平等寺は、尊觀(延慶2年1309年寂)が嘉元2年(1304)に開山、明治維新まで朝日観音堂や長尾天神社、若宮八幡神社などを擁していました。
「南足柄市史」による平等寺の縁起
怒田村平等寺
国府津村宝金剛寺の末寺は平等寺ほか四か寺をかぞえる。平等寺は寛延二年(一七四九)以前に無住となった。怒田村の村役人と檀那惣代は、その後住について高田村(小田原市)円蔵院の弟子恵掌という二三歳の僧を迎えたいと寺社奉行に嘆願した。その願書の中で、彼らは「寺役旦用宗門御改判形など迄相勤め候様に仕りたく」と加筆しており、檀家にとって寺役をつとめる寺院と住持の存在がいかに必要であったかをよく示している。(「南足柄市史」より)
新編相模國風土記稿による平等寺の縁起
(怒田村)
平等寺
南谷山奥蔵院と號す、古義眞言宗、(足柄下郡國府津村寶金剛寺末、)嘉元二年建開山尊觀(延慶二年九月廿一日寂、)本尊地蔵を安ず(長二尺五寸、聖徳太子作、)(新編相模國風土記稿より)
平等寺の周辺図
参考資料
- 新編相模國風土記稿
- 「南足柄市史」