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大鳥神社|目黒区下目黒の神社

大鳥神社の概要

大鳥神社は、目黒区下目黒にある神社です。大鳥神社は、大同元年(806)創建された区内最古の神社だといい、古江戸9社の一社に数えられ、目黒村の総鎮守社となっていたといいます。

大鳥神社
大鳥神社の概要
社号 大鳥神社
祭神 日本武尊
合祀 国常立尊、弟橘媛命
境内社 稲荷神社
住所 目黒区下目黒3-1-2
備考 目黒村総鎮守



大鳥神社の由緒

大鳥神社は、大同元年(806)創建された区内最古の神社だといい、古江戸9社の一社に数えられ、目黒村の総鎮守社となっていたといいます。

新編武蔵風土記稿による大鳥神社の由緒

大鳥神社
除地998坪、字新屋敷にあり。本社2間に3間東に向ふ。祭神は日本武尊。大同年中の鎮座なり。当村及び中目黒両村の鎮守なり。鳥居あり、柱間9尺、大鳥大明神の五字を扁す。鳥居の内外に石階あり。
神楽堂、本社の側にあり。2間に2間半年々9月9日祭礼の日神楽を奏す。
稲荷社、本社に向て右にあり。小祠前に鳥居をたつ。(新編武蔵風土記稿より)

東京都神社名鑑による大鳥神社の由緒

景行天皇の時代に、日本式尊が東征に際して、この古くからある社に、東夷平定と目を負傷した部下たちの平瘉を祈願された。のちに戦勝したうえ、傷も治癒したので盲神(めくらがみ)と称えられ、十握剣(現在社宝)を奉献された。大同元年(八〇六)神勅により社殿の造営が行なわれた(『大鳥宮修造誌』安永六年(一七七八)丁酉龍集吉日による)。この地に伝わる白鳥伝説の「鳥」が縁起信仰となり、長禄年間(一四五七)の江戸図には「目黒本村鳥明神」と記されている。天保六年(一八三六)、大国屋与兵衛が以前より行なわれていた「酉の市」において、神楽(現在「熊手の舞」)を奏し、のちに境内に碑文の塚(神楽塚)が建てられ、現在も「目黒のお西様」で知られている。(東京都神社名鑑より)

目黒区教育委員会掲示による大鳥神社の由緒

この神社は、日本武尊の東征にゆかりがあるといわれるこの地に、大同元年(806)創建された区内最古の神社です。江戸地図として古いものとされる「長禄江戸図」に画かれている古江戸9社の1つで、目黒村の総鎮守でもありました。祭神は日本武尊を主神とし国常立尊と弟橘媛命を合祀しています。
毎年11月に開かれる酉の市は、東京では古いものの1つといわれており、現在も都内では有数の賑わいをみせています。この市のいわれは日本書紀に「10月己酉に日本武尊を遣わして、熊襲を撃つ」とあり、尊の出発日が酉の日であったことから、おこったと伝えられています。
毎年9月の例大祭には、目黒通りに大小30余基の町みこしが勢ぞろいします。それとともに社殿では「太々神楽・剣の舞」が奉納されます。11月の酉の市には、「太々神楽・熊手の舞」が神前で舞われます。
境内には、東京都の天然記念物に指定された「オオアカガシ」の老木や三猿だけの延宝塔、元禄時代(1688-1703)や宝永年間(1704-1710)の屋根付庚申塔など5基の石造物もあります。また、俗に切支丹燈籠といわれる「織部式燈籠」や、天保6年(1835)の酉の市に神楽を奉納した記念碑などもあります。(目黒区教育委員会掲示より)


大鳥神社所蔵の文化財

  • オオアカガシ(東京都指定天然記念物)
  • 三猿だけの延宝塔
  • 屋根付庚申塔など5基の石造物
  • 織部式燈籠(切支丹燈籠)

切支丹燈籠

下目黒の大鳥神社所蔵で、昭和38年守屋図書館に開設された郷土資料室に出品公開されて以来、中庭で展示されていたものです。
もとは千代が崎(東京都教職員研修センター附近)の大村邸内にあり、かつてこの地にあった肥前島原藩主松平主殿守の下屋敷にまつられ、密かに信仰されていたものと伝えられています。
竿石の下部に刻まれた像には足の表現がなく、イエス像を仏像形式に偽装した珍しい型の切支丹灯籠で、キリシタンへの弾圧と迫害が厳しくなった寛永・正保・慶安の頃から江戸中期にかけて造られたものと考えられます。(境内掲示)


大鳥神社の周辺図


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