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太子堂八幡神社|世田谷区太子堂の神社

太子堂八幡神社の概要

太子堂八幡神社の創建年代は不詳ですが、太子堂が草庵として創建された頃(年代不詳)、或いは太子堂村が興左衛門により新田開墾された天正年間(1573-1591)頃、創建したと推定されます。

太子堂八幡神社
太子堂八幡神社の概要
社号 八幡神社
祭神 誉田別命
境内社 稲荷神社、出羽三山大神、塩竃大神、弁天社
相殿 -
祭日 例大祭10月第2日曜日
住所 世田谷区太子堂5-23-5
備考 旧別当:円泉寺



太子堂八幡神社の由緒

太子堂八幡神社の創建年代は不詳ですが、太子堂が草庵として創建された頃(年代不詳)、或いは太子堂村が興左衛門により新田開墾された天正年間(1573-1591)頃、創建したと推定されます。

新編武蔵風土記稿による太子堂八幡神社の由緒

八幡宮除地1町四方村ノ南ニアリ、小祠古木森鬱トシテ幽邃ノ地ナリ。鎮座ノ年暦ヲ傳ヘズ。神体紙幣ヲ建ツ。村内円泉寺持。(新編武蔵風土記稿より)

境内掲示による太子堂八幡神社の由緒

太子堂八幡神社
祭神 誉田別命
大祭 10月第2日曜日
当社の鎮座年暦不詳なれど、旧当社別当円泉寺開基の縁起によれば、文禄年間(1592-1596)創祀されたとあるが、平安時代後期源義家が父頼義と共に朝廷の命をうけ陸奥の安倍氏征討に向う途中この地を通過するに際し、八幡神社に武運を祈ったと伝えられている事から少なくともこれより(文禄年間)以前に里人により石清水八幡宮の御分霊を勧請し村の守護神として祀った事はあきらかである。
太子堂の歴史の一頁を開いてきたものに鎌倉道がある。太子堂と若林の村境を通って八幡神社の西側から滝坂道を横切り下北沢と代田の境を通って鎌倉へ通ずる道で鎌倉道と呼ばれ古い時代には行きつく目的地の名を取って付けたようである。
此の鎌倉道の附近に義家は諸将兵に命じ駒を止め同勢を憩わし酒宴をはった、太子堂上本村121-122番地の辺を(5丁目)土器塚と云い、酒宴後の土器など此の地に埋めたのでそう呼んだのである。その塚に続く塚を同勢山と呼ぶのは、同勢を憩わした名残である。
真言宗豊山派円泉寺境内に聖徳太子像を安置し、それより太子の号をとりて部落の村名とした。
以上は、古老の伝承、武蔵風土記等を参照記したものである。(境内掲示より)


太子堂八幡神社の周辺図


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