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福寿稲荷神社|世田谷区若林の神社

福寿稲荷神社の概要

福寿稲荷神社は、世田谷区若林にある稲荷神社です。福寿稲荷神社の創建年代は不詳ですが、1769(明和6)年に地頭より社領を寄附されており、また元禄5年(1692年)の手水鉢が残されていることから、江戸時代初期から中期にかけての創建と推定されます。

福寿稲荷神社
福寿稲荷神社の概要
社号 稲荷神社
祭神 倉稲魂命、天照大御神
境内社 大黒天社
相殿 -
祭日 例大祭9月7日
住所 世田谷区若林2-18-1
備考 -



福寿稲荷神社の由緒

福寿稲荷神社の創建年代は不詳ですが、1769(明和6)年に地頭より社領を寄附されており、また元禄5年(1692年)の手水鉢が残されていることから、江戸時代初期から中期にかけて創建したと推定されます。

せたがや社寺と史跡による福寿稲荷神社の由緒

若林稲荷神社(若林)
祭神倉稲魂命(うかのみたまのみこと)である。当神社の由緒によれば「当社ヲ福寿稲荷ト云、三反五畝ノ除地ハ明和六年四月地頭ヨリ寄附セリ、神体長サ五寸許、三衣ヲ着シ白狐二跨レリ、彩色ヲ施シ彫工イト巧ミナリ、祭礼九月廿二日、神楽ヲ奏セリ」とあり、
なお神社の記録によれば、
-、本社間口壱丈奥行弐間、但シ木造
-、拝殿間口三間奥行三間、但シ木造、境内坪数三百十八坪、(1049・4平方メートル)
境内立木三十一本、内目通一尺以上五尺未満二十一本、目通五尺以上一丈未満十本、什
器一、幟一対、手洗鉢一個、鳥居一台、右之通り相違無之候也、明治十七年」とある。
すなわち明治十七年ころは樹木うっ蒼とし、大木に囲まれた神社であったが、昭和20年に戦災にあい、現在では銀杏その他十教本の樹木があるのみである。なお神社には「正一位福寿稲荷大明神」と記した縦1.5m、横0.6mほどの古い額があったが、戦災で焼失してしまったという。祭礼は9月7日。(せたがや社寺と史跡より)

新編武蔵風土記稿による福寿稲荷神社の由緒

(若林村)稲荷社
除地三段五畝、村の北方にあり、福寿稲荷と云、三段五畝の除地は明和六年四月地頭より寄附せり、神體長五寸許三衣を蒼白狐に跨れり彩色を施し彫工もいと巧みに見え、村内香林寺持祭礼九月二十二日神楽を奏せり
鳥居二基。一は入口にあり、兩柱の間九尺、一は夫より八九歩を隔て十二級の石階を上りてあり、兩柱の間八尺
拝殿。三間に二間南向
本社。宮造りにて三尺四方、上屋二間に三間南向前に十級許の石階あり、老松二株。一は社前にあり、一は入口にあり、いづれも圍一丈四五尺、かかる蕎木あるを見ては鎮座の年歴久しき事知るべし。
末社。辨財天、大黒天、毘沙門天合殿、本社に向ひて右にあり。(新編武蔵風土記稿より)


福寿稲荷神社の周辺図


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