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順正寺|世田谷区北烏山にある浄土真宗系単立寺院

順正寺の概要

浄土真宗系単立寺院の順正寺は、高柳山と号します。順正寺は、足利時代中期、赤坂一ツ木に創建されたと伝えられます。元和4年(1618)に焼失したものの寛永元年(1624)に了円が中興、寺号を順正院から順正寺へと改めたといいます。明暦元年(1655)鮫河橋に移転、さらに享保6年(1721)千駄ヶ谷に再転、昭和5年当地へ移転したといいます。

順正寺
順正寺の概要
山号 高柳山
院号 -
寺号 順正寺
住所 世田谷区北烏山4-5-1
宗派 浄土真宗系単立
本尊 阿弥陀如来立像
葬儀・墓地 檀家の方のみ
備考 -



順正寺の縁起

順正寺は、足利時代中期、赤坂一ツ木に創建されたと伝えられます。元和4年(1618)に焼失したものの寛永元年(1624)に了円が中興、寺号を順正院から順正寺へと改めたといいます。明暦元年(1655)鮫河橋に移転、さらに享保6年(1721)千駄ヶ谷に再転、昭和5年当地へ移転したといいます。

「せたがや社寺と史跡」による順正寺の縁起

順正寺は、高柳山と号し真宗築地本願寺の末で、本尊は恵心僧都作といわれ、阿弥陀如来立像である。この寺は、はじめ赤坂一ツ木にあった。草創は足利中期と伝えられているが、詳細は明らかでない。そしてこの寺は元和4年(1618)焼失し、寛永1年(1624)もとの場所に再建、順正寺と改称した。
再建したときの住僧を了円といい当寺中興開基とされる。その後明暦1年(1655)鮫河橋に移り、さらに享保6年(1721)千駄ヶ谷の地に再建した。しかし昭和5年都市計画による道路の開通のため、全山を挙げて現在の烏山に移転した。(せたがや社寺と史跡より)

「渋谷区史」による順正寺の縁起

順正寺(千駄ヶ谷)<北烏山>
浄土真宗(西)山号を高柳山という。築地本願寺末。千駄ヶ谷二丁目三九五番地にあつた。はじめ赤坂一ツ木に建立。高柳山順正院という。元和四年焼失後。退転したのを、寛永元年再建。中興開山は了円。(寛文十二年十月十四日寂)この時順正院を順正寺と改めたといわれる。寺伝には、文安元年の起立とあるけれども、詳かでない。尋で明暦元年、鮫河橋に移り、享保六年千駄ヶ谷に移った。本尊阿彌陀如来。伝恵心僧都の作。大正十二円市区改正の為め立退きを命ぜられ、更に池袋に移った。(「渋谷区史」より)


順正寺の周辺図