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妙善寺|世田谷区北烏山にある浄土真宗本願寺派寺院

妙善寺の概要

浄土真宗本願寺派寺院の妙善寺は、親鸞の弟子正円が、伊勢の国に草庵を建てて創建したと伝えられており、江戸初期に八丁堀、その後築地(築地本願寺の寺中寺)に移転しました。関東大震災後の昭和2年当地へ移転しています。

妙善寺
妙善寺の概要
山号 -
院号 -
寺号 妙善寺
住所 世田谷区北烏山5-12-1
宗派 浄土真宗本願寺派
葬儀・墓地 檀家の方のみ
備考 -



妙善寺の縁起

妙善寺は、親鸞の弟子正円が、伊勢の国に草庵を建てて創建したと伝えられており、江戸初期に八丁堀、その後築地(築地本願寺の寺中寺)に移転しました。関東大震災後の昭和2年当地へ移転しています。

せたがや社寺と史跡による妙善寺の縁起

真宗本願寺派で、親鸞の弟子正円が、伊勢の国に草庵を建てたのがはじめと伝えられており、江戸初期に八丁堀、その後築地に移った。関東大震災後、昭和2年現在地に再建した。 本尊は阿弥陀如来、寺内に、人情本作者為永春水の墓がある。
墓には「釈竜音居士」と刻まれている。
春水は、本名を佐々木貞高といい、通称越前屋長次郎。講釈師、咄家として為永正輔、のち為永金竜。戯作者の別号を、二世南仙笑楚満人・狂訓亭主人・金竜山人などといった。 兄の滝亭鯉丈と「明烏俊正夢」を合作して以来、合巻本と、洒落本の折衷といわれるものを数多く発表して、文政の末ころから、為永春水と号した。
江戸人情本元祖と称し、いずれも当時の民間男女の痴情を艶麗な筆致で描きだしたが、天保の改革のとき、老中水野忠邦によって、風俗を乱すものとして、手鎖の刑に処せられ、その著述は絶版、その出版店は過料を命ぜられた。それからまもなく、天保14年(1843)55歳で没した。
代表作には、前述の書のほかに、「吾嬬春雨」「春告鳥」「袷妻雪手屋」「春色恋梅暦」「春色梅児誉美」「春辰巳園」等多数あり、明治の硯友社の文学にも影響をあたえ、その名声は不朽である。(せたがや社寺と史跡より)


妙善寺の周辺図


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