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浄輪寺|新宿区弁天町にある日蓮宗寺院

浄輪寺の概要

日蓮宗寺院の浄輪寺は、常榮山と号します。浄輪寺は、近江国佐々木氏の末裔が毘沙門天を携えて慶長17年(1612)平河町付近に創建、牛込門外への移転を経て、寛永12年(1635)当地へ移転したといいます。

浄輪寺
浄輪寺の概要
山号 常榮山
院号 -
寺号 浄輪寺
住所 新宿区弁天町95
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



浄輪寺の縁起

浄輪寺は、近江国佐々木氏の末裔が毘沙門天を携えて慶長17年(1612)平河町付近に創建、牛込門外への移転を経て、寛永12年(1635)当地へ移転したといいます。

「牛込區史」による浄輪寺の縁起

(七軒寺町)常榮山浄輪寺
江州佐々木の末葉毘沙門天を携へ、平川邊に慶長十七年當寺建立、寛永四年牛込門外に移轉、寛永十二年夏に七軒寺町に移り、寳暦十三年の大火で舊記等が焼失した。開山唯性院日閑。寛文三年四月廿三日寂。境内拝領地千五拾八坪、境内に毘沙門堂がある。(「牛込區史」より)


浄輪寺所蔵の文化財

  • 関孝和墓(東京都指定史跡)

関孝和墓

和算を大成した関孝和は、駿河大納言徳川忠長に仕えた内山七兵衛永明の次男として生まれました。出生地や生年は未詳ですが、その後甲府藩士の関五郎左衛門の養子となり、藩主綱豊が六代将軍家宣となったのちは、幕臣として納戸組頭を勤めました。
孝和は従来の算木を用いた「天元術」を改良して「点竄術」と呼ばれる筆算式代数学を創案し、和算が高等数学として確立する礎を築きました。著述には「発微算法」等があり、宝永五年(一七〇八)に没した後は、門人により「括要算法」や「大成算経」等が著され、世に「算聖」と称されました。
現存する二代目の墓石は舟形、高さ一五八センチ、鳳凰丸紋に「法行院殿宗達日心大居士、宝永五戌子年十月二十四日卒」、左側に「姓藤原、諱孝和、称関新助」とあります。(東京都教育委員会掲示より)

浄輪寺の周辺図