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専福寺|新宿区新宿にある真宗大谷派寺院

専福寺の概要

真宗大谷派寺院の専福寺は、白蓮山と号します。専福寺は、僧宗泉(寛文7年寂)が寛永8年(1631)市ヶ谷に創建、正保2年(1645)当地へ移転しました。境内には浮世絵師月岡芳年の墓があります。

専福寺
専福寺の概要
山号 白蓮山
院号 -
寺号 専福寺
住所 新宿区新宿6-20-9
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



専福寺の縁起

専福寺は、僧宗泉(寛文7年寂)が寛永8年(1631)市ヶ谷に創建、正保2年(1645)当地へ移転しました。境内には浮世絵師月岡芳年の墓があります。

新編武蔵風土記稿による専福寺の縁起

浄土真宗、東本願寺末。白蓮山と号す。
本尊弥陀、恵心の作と云。
開山宗泉、寛文7年5月8日寂す。
鐘楼。享保17年5月鋳造の鐘をかく。(新編武蔵風土記稿より)


専福寺所蔵の文化財

  • 月岡芳年の墓(新宿区指定史跡)
  • 阿弥陀三尊来迎図(新宿区指定文化財)

月岡芳年の墓

芳年は、天保10年(1839)幕府の御家人を父として大久保に生まれ、名を米次郎といったが、美人画を得意とした月岡雪斎の養子となった縁から、歌川国芳の門に入って浮世絵師としての道を歩むようになった。
原色を多く用い、鮮烈な印象を与える写実的な筆致によって、明治期の浮世絵界に芳年風といわれる独自な地歩を築いた。明治15年(1882)には絵入り新聞社に入り、後、やまと新聞社に転じて、ジャーナリズムの世界でも活躍したが、明治25年6月9日、病により没した。時に54歳であった。
黒御影石の墓に刻まれた「大蘇」とは晩年に用いた号であるが、芳年はそのほかにも玉桜楼、一魁斎などの号を持っている。
専福寺には、芳年の作品も数点所蔵されている。橋の欄干にさらされた強盗の生首を描いた「京橋の曝首図」や大黒と月桜に落款を貼り交ぜた軸、「西南役図」や「人物図」など版下画やスケッチ等貴重なものである。


専福寺の周辺図