妙徳山円福寺|厄除開運祖師像
円福寺の概要
日蓮宗寺院の円福寺は、妙徳山と号します。文禄5年(1596年)蓮行院日円上人が開山、加藤清正が開基となり創建しました。江戸期には、本寺中山法華経寺等、出開帳が度々行われ賑わった他、当寺の厄除開運祖師像は多くの崇敬を集めました。
山号 | 妙徳山 |
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院号 | - |
寺号 | 円福寺 |
住所 | 新宿区横寺町15 |
宗派 | 日蓮宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
円福寺の縁起
円福寺は、文禄5年(1596年)蓮行院日円上人が開山、加藤清正が開基となり創建しました。江戸期には、当寺の厄除開運祖師像は多くの崇敬を集めた他、本寺中山法華経寺等、出開帳が度々行われ賑わいました。江戸末期には徳川家の祈願寺となり、明治維新後には江戸城内に祀られていた夜光鬼子母神、七面大明神、妙見大菩薩が当寺に移されています。
境内掲示による円福寺の縁起
当山は文禄5年(1596年)に加藤清正公により創建され、「妙法蓮華経」の功徳により福徳円満の御利益を授かるという意味が、山号、寺号の由来です。江戸時代の初期より祀られている祖師像は日蓮聖人が49歳の時に彫られた御像で、聖人自ら開眼(魂入れ)なされ、その直後に瀧ノ口法難(1271)を免れたことから、生御影(生きるお婆)厄除開運の祖師と称され、古来より多くの参詣者を集めてきました。
また、江戸時代末期に徳川家の祈願寺となり、大奥女中の熱心な信者も多く、明治維新には、江戸城紅葉山より夜光鬼子母神、七面大明神、妙見大菩薩が当山に奉安されました。(境内掲示より)
「牛込區史」による円福寺の縁起
(横寺町)妙徳山圓福寺 下総正中山末
開山蓮行院日圓、寛永十八年十二月廿八日遷化。舊時境内拝領地八百餘坪、本尊釋迦座像。(「牛込區史」より)
円福寺の周辺図