常演寺|調布市下石原にある天台宗寺院

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神向山常演寺|多摩川三十三ヶ所観音霊場

常演寺の概要

天台宗寺院の常演寺は、神向山花光院と号します。常演寺の創建年代は不詳ながら、良賢(延宝7年1679年寂)が中興したといいます。多摩川三十三ヶ所観音霊場17番です。

常演寺
常演寺の概要
山号 神向山
院号 花光院
寺号 常演寺
本尊 阿弥陀如来像
住所 調布市下石原1-52-4
宗派 天台宗
葬儀・墓地 -
備考 -



常演寺の縁起

常演寺の創建年代は不詳ながら、良賢法印(延宝7年1679年寂)が中興したといいます。

新編武蔵風土記稿による常演寺の縁起

(下石原宿)常演寺
境内除地六段二畝十歩、神向山花光院と號す、天台宗、郡内深大寺村深大寺末なり、客殿六間に五間東に向ふ、本尊弥陀を安す、木の立像長二尺ばかり、左右観音勢至、これも立身にて長各一尺二寸許す、開山開基を詳にせず、中興は良賢延宝七年六月十五日寂す。(新編武蔵風土記稿より)

「調布市百年史」による常演寺の縁起

常演寺
旧甲州街道に面している。
神向山花光院と号し、天台宗。
<本尊>阿弥陀如来。木彫の立像で長さ二尺、左右側立観音勢至、立身長各一尺二寸。
開山、開基は不詳であるが、中興の祖を良賢法印といい、延宝七年(一六七五)六月一五日寂、その墓碑は寺内に現存している。客殿六間に五間、鉄板ぶきで、東面して建ち、正面上欄には、星野錫書の「常演寺」の扁額が掛けてある。当寺の山号を「神向山」と称するのは、甲州街道をへだて、八幡神社と正対するゆえといわれ、、今日でこそ、神社参道は街道口よりやや奥でわずかに東に折れているが、旧態に復すると、正しく相対する。また当寺は、もと八幡神社の別当寺でもあった。
甲州街道より、寺への参道入口に「多摩川三十三所第十七番天台宗常演寺」の石標があるように、ここは多摩遍路の札所であった。この石標と並び、嘉永三戌年(一八五〇)五月銘の、奉納仁王尊常夜燈一基がある。参道の右にケヤキの老木がそびえ、その奥に近年まで表門があったが、朽ちて取り払われ、現在はなくなった。
境内に梅の老木一〇数本がある。
<仁王堂>
本堂前の参道正面にあり、二間に三間、もとワラぶきであったが、現在トタンぶきである。堂内に厨子入りの像を安置する。仁王尊像は、千葉県山武郡二川村柴山、天応山観音寺、聖福院寺門の仁王像の御遷で、田比首羯摩の名作である。
<但唱上人塔>
仁王堂横にあって、安政六未年(一八五九)二日の銘がある。上人は文化七年(一八一〇)、宇都宮域内に生まれ、高唱念仏者であり、広く当地方に唱道したという。
多摩の地は、古く多東郡と呼ばれた時代があるが、当寺岩沢家墓地に、その歴史を物語る「武刕多東郡下石原」と記した寛永一一年(一六三四)造立の墓碑がある。
なお、当寺は無住で留守居の者のみを置いたという衰微の時代もあったが、今日では檀徒の数も急増している。(「調布市百年史」より)


常演寺の周辺図


参考資料

  • 新編武蔵風土記稿
  • 「調布市百年史」