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海藏院。横浜市戸塚区戸塚町にある臨済宗円覚寺派寺院

海藏院の概要

臨済宗円覚寺派寺院の海藏院は、惠照山と号します。海藏院は、黄梅院二世方外が開山となり貞冶2年(1363年)に創建、澤邊河内守宣友(天正19年1591年死)が中興開基となったといいます。

海藏院
海藏院の概要
山号 惠照山
院号 海藏院
寺号 -
本尊 釈迦如来像
住所 横浜市戸塚区戸塚町4213
宗派 臨済宗円覚寺派
葬儀・墓地 墓地・合同墓受付中
備考 -



海藏院の縁起

海藏院は、黄梅院二世方外が開山となり貞冶2年(1363年)に創建、澤邊河内守宣友(天正19年1591年死)が中興開基したといいます。江戸期には矢沢高松庵上矢部正福寺・高倉東勝寺・長後永明寺を末寺に擁していたといいます。

新編相模国風土記稿による海藏院の縁起

(戸塚宿)海蔵院
臨済宗鎌倉円覚寺末、当院推鐘、元和那七年の銘文には瑞鹿山之環寺、黄梅院の末裔卯他云々とあり、惠照山と号す、本尊は釈迦貞冶二年の剏建にて開山は方外(鹿山梅記)黄梅院の條に曰、二世方外宏遠后出世于浄沙、又開越中黄梅相之寶積海蔵、貞冶二年六月十五日寂、中興開基は澤邊河内守宣友なり。天正十九年正月六日死、法名真如院應甫注浄旧家九郎右衛門が祖なり。
鐘楼、鐘は享保九年の再鋳にして元和七年の舊銘をも鋳れり。
観音堂、銅像を置、長三寸五分弘法作。(新編相模国風土記稿より)

「戸塚区郷土史」による海藏院の縁起

恵照山と号し、もと鎌倉円覚寺の末寺。起立の年時について、寺院明細帳は「文和二年三月四日、僧方外宏遠開基創建」と記し、新編相模風土記稿には「貞治二年ノ創建ニテ、開山ハ方外(貞治六年六月十五日寂)」とあり、同一ではないが、南北朝期の創建であったと思われる。その後一時荒廃に帰していたのを沢辺河内守信友(天正十九年一月亡)が再興するとともに、断絶していた法系を円覚寺塔頭黄梅院の雲(山田)が継承したという。
越えて元文五年(一七四〇)焼失したため、十五世順叟朴の代寛保二年(一七四二)間口八間・奥行六間半の本堂を再建し、七月本尊釈迦牟尼如来を安置した。明治に入り同十三年九月またもや廃燼に帰し、本堂庫裡を仮設したものの、大正十二年関東大震災にあい倒潰。翌十三年仮本堂および庫裡を再建し、十一月入仏式を行い、昭和六年八月には庫裡を改築、四十年梵鐘を再鋳し今日におよんでいる。なお当寺は曾っては矢沢高松庵上矢部正福寺・高倉東勝寺・長後永明寺を末寺にもつ由緒深い寺歴があった。(「戸塚区郷土史」より)


海藏院の周辺図