大會山長源寺|池田刑部義信開基
長源寺の概要
浄土真宗系単立寺院の長源寺は、大會山と号します。長源寺は、釋西玄(俗名池田刑部義信、寛永19年1642年寂)が開山となり、練馬に創建、お茶の水への移転を経て、宝永2年(1705)当地へ移転したといいます。「練馬区史」歴史編では、練馬区の金乗院が、慶安2年(1649)に徳川家光から御朱印状を下付される際、周辺の寺院を全て真言宗寺院に改宗させる許可も得たことから、改宗を拒否した長源寺が練馬から他所へ転出したのではないかと記しています。
山号 | 大會山 |
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院号 | - |
寺号 | 長源寺 |
住所 | 文京区本駒込2-20-10 |
宗派 | 浄土真宗系単立 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
長源寺の縁起
長源寺は、釋西玄(俗名池田刑部義信、寛永19年1642年寂)が開山となり、練馬に創建、お茶の水への移転を経て、宝永2年(1705)当地へ移転したといいます。「練馬区史」歴史編では、練馬区の金乗院が、慶安2年(1649)に徳川家光から御朱印状を下付される際、周辺の寺院を全て真言宗寺院に改宗させる許可も得たことから、改宗を拒否した長源寺が練馬から他所へ転出したのではないかと記しています。
「本郷區史」による長源寺の縁起
駒込富士前町に在り、大谷派本願寺末、大會山と稱す、寛永年中開山釋西玄俗名池田刑部義信(本國三州寛永十九年寂)の武州下練馬村三軒在家に開く處で其後(明治十八年書上慶長十七年とす)湯島お茶の水に移り、寶永二年(明治十八年書上天和三年とす)更に現地に移轉した。(「本郷區史」より)
東京名所図会による長源寺の縁起
長源寺
同(駒込富士前町)七十番地にあり、大命山と號す、真宗大谷派にして西玄(俗名池田刑部義信寛永十四年丑正月廿一日寂壽八十九歳)を開山とす。(東京名所図会より)
長源寺の周辺図
参考資料
- 「本郷區史」
- 東京名所図会