綱田浅間神社|長生郡一宮町綱田の神社
綱田浅間神社の概要
綱田浅間神社は、長生郡一宮町綱田にある神社です。綱田浅間神社は、大同2年(807)に創祀したと伝えられ、戦国時代には夷隅郡岬町中原の鶴ヶ誠・亀ヶ城の物見櫓としての機能を持っていたのではないかともいいます。寛永3年(1626)に再建され、江戸期制作の神鏡が部落所有で残されているといいます。
社号 | 浅間神社 |
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祭神 | 木花咲耶姫命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
例祭日 | 9月13日 |
住所 | 長生郡一宮町綱田2055 |
備考 | - |
綱田浅間神社の由緒
綱田浅間神社は、大同2年(807)に創祀したと伝えられ、戦国時代には夷隅郡岬町中原の鶴ヶ誠・亀ヶ城の物見櫓としての機能を持っていたのではないかともいいます。寛永3年(1626)に再建され、江戸期制作の神鏡が部落所有で残されているといいます。
「千葉県神社名鑑」による綱田浅間神社の由緒
大同二年に祭祀せられ、寛永庚寅年八月一七日再建。村の東北浅間山上宇吹上にある。(「千葉県神社名鑑」より)
「一宮町史」による綱田浅間神社の由緒
浅間神社
字東浪見の綱田に鎮座する。祭神は大山祇神・木花開耶姫を祭る。浅間山と称する標高三十メートルほどの高台に社殿がある。山の裏側に洞穴があり、富士の体内くぐりを形どったと云われる。また、中原の鶴ヶ誠・亀ヶ城の物見やぐらの役をしたものという説もある。神鏡であったと思われる柄鏡が部落の所有物として保存されており、富士山の図柄は古式をしのばせる荘重なものであるが鋳造は徳川時代である。祭日は七月一日で綱田区だけの祭礼で、神輿はないので渡御しないが境内に神楽殿を建てる。古くは巫子舞の一種が奉納されたようであるが伝承されていない。(「一宮町史」より)
綱田浅間神社の周辺図
参考資料
- 「千葉県神社名鑑」
- 「一宮町史」