船頭給水神社|長生郡一宮町船頭給の神社
船頭給水神社の概要
船頭給水神社は、長生郡一宮町船頭給にある神社です。船頭給水神社は、天文年間(1532-1555)に田中氏が勧請したと伝えられ、当社の大公孫樹は樹齢400年余だといいます。
社号 | 水神社 |
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祭神 | 水波乃女命、須佐之男命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
例祭日 | 3月1日、10月1日 |
住所 | 長生郡一宮町船頭給546 |
備考 | - |
船頭給水神社の由緒
船頭給水神社は、天文年間(1532-1555)に田中氏が勧請したと伝えられ、当社の大公孫樹は樹齢400年余だといいます。
「千葉県神社名鑑」による船頭給水神社の由緒
昭和四四年一〇月吉日、一宮町船頭給、三七一番地の八坂神社を合祀。(「千葉県神社名鑑」より)
「一宮町史」による船頭給水神社の由緒
水神社
字船頭給に鎮座する。祭神は、水波力女命を祭る。祭礼は、三月一日と十月一日である。由緒は不明であるが天文年間に田中氏が勧請したものと伝えられる。春の祭礼の翌日の三月二日には、獅子舞が各戸を訪れたが現在は行なわれていない。二人立ちの獅子舞で疫被いの意味をもち各戸は青年たちで組織されている講中に米を奉納した。古くは雨乞い行事と結びついていたものであろう。
また、水神社の雨乞い行事の奇習は珍しいものである。(「一宮町史」より)
船頭給水神社所蔵の文化財
- 水神社大公孫樹(一宮町指定文化財)
- 獅子舞(一宮町指定文化財)
水神社大公孫樹
水神社の創建年代は不詳だが、大公孫樹は四百年余りと推定される。気根(乳)が垂れているので乳公孫樹ともいわれ、子育てや子孫繁栄の意味があるという。根回り三・八m、高さ二十五mの巨木で、昭和四十三年(一九六八年)六月の火災にも耐え、今でも八本の気根が大量の実をつける。町内随一の老樹として、氏子の安全と繁栄を見守っている。
また水神社では、毎年三月初旬に春祭が行われ、船頭頭青年団による獅子舞(町指定文化財)が地区内の家々を回り厄払いをして歩くことでも知られている。(一宮町教育委員会掲示より)
船頭給水神社の周辺図
参考資料
- 「千葉県神社名鑑」
- 「一宮町史」