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即随寺|市川市国府台にある真宗大谷派寺院

即随寺の概要

市川市国府台にある真宗大谷派寺院の即随寺は、龍華山と号します。即随寺は、海解庵祐頓(長尾信濃守平爲景の曾孫長尾六郎景俊)が慶長15年(1610)群馬郡白井郷浄土宗三鈷寺に入寺、元和6年(1620)三鈷寺住職に就任、寛永3年(1626)浄土真宗に帰依し即随寺を創建、文化8年浅草北清島町へ移転したといいます。昭和3年に当地へ移転しています。

即随寺
即随寺の概要
山号 龍華山
院号 -
寺号 即随寺
本尊 -
住所 市川市国府台5-25-4
宗派 真宗大谷派
葬儀・墓地 -
備考 -



即随寺の縁起

即随寺は、海解庵祐頓(長尾信濃守平爲景の曾孫長尾六郎景俊)が慶長15年(1610)群馬郡白井郷浄土宗三鈷寺に入寺、元和6年(1620)三鈷寺住職に就任、寛永3年(1626)浄土真宗に帰依し即随寺を創建、文化8年浅草北清島町へ移転したといいます。昭和3年に当地へ移転しています。

「浄土真宗東派明細簿」による即随寺の縁起

武蔵國豊島郡東京浅草北清島町百八番地
真宗 即随寺
開基海解庵祐頓ノ俗称ハ長尾信濃守平爲景ノ玄孫長尾六郎景俊ニ候茲ニ慶長十五年四月上野國群馬郡白井郷浄土宗三鈷寺ノ岳全附弟子ナリ其後元和六年秋八月右三鈷寺住職トナリ寛永三年十月真宗ニ帰入シ依テ神田花笠邑管刹内ト始テ即随寺起立ス明暦三年正月十八日大火ニテ焼失ス同年四月廣沢新田エ替地拝領文化三年三月四日浅草本願寺管刹ト同時ニ焼失ス同八年五月四日現今地エ移轉迄ハ前後三度遷地ニ及候猶寺格之義ハ文政元年九月七日堂班餘ノ間出仕(「浄土真宗東派明細簿」より)


即随寺の周辺図


参考資料

  • 「浄土真宗東派明細簿」(東京都台東区教育委員会)