曽谷山礼林寺|市川市大野町にある日蓮宗寺院
礼林寺の概要
市川市大野町にある日蓮宗寺院の礼林寺は、曽谷山と号します。礼林寺は、曽谷城主曽谷教信(法蓮阿闍梨日礼)の菩提を弔うため、娘の芝崎姫(妙林日貞法尼)が当地に創建したといいます。
山号 | 曽谷山 |
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院号 | - |
寺号 | 礼林寺 |
本尊 | 日蓮上人像 |
住所 | 市川市大野町4-3067 |
宗派 | 日蓮宗 |
葬儀・墓地 | - |
備考 | - |
礼林寺の縁起
礼林寺は、曽谷城主曽谷教信(法蓮阿闍梨日礼)の息女芝崎姫が、建武の乱で戦死した夫千葉之介貞胤の菩提を弔うために出家(法頂院法林日貞尼)、当地に創建したといいます。
「日蓮宗寺院大鑑」による礼林寺の縁起
正応4(1291)の創立。開山法蓮院日礼(正応4年5月寂)。開基法頂院法林日貞尼(永和4(1378)年7月20日寂)。達師法縁、住職は潮師法縁。日礼(曽谷教信)の息女芝崎姫は、夫の佐倉城主千葉之介貞胤が建武の乱に戦死、その菩提を弔うため出家、日貞尼となる。日礼が法蓮寺より閑居の砌、堂宇を建立し寺号公称。時に侍女二人が出家し妙円尼・妙哉尼となり円徳坊・善哉坊に住し、日貞尼に近侍した。曽谷入道の墓碑あり。(「日蓮宗寺院大鑑」より)
ほくそう2012夏号による礼林寺の縁起
曽谷山礼林寺は、日蓮上人に帰依し自らも出家し「法蓮阿闍梨日礼」の法号を賜った曽谷城主・曽谷教信の菩提を弔うために、出家して尼僧となった娘・芝崎姫が、父が荼毘に付された当地に一宇を建立し、父と自らの法号「妙林日貞法尼」より一字を取って、礼林寺としたことに始まると云われています。
手入れの行き届いた境内には、本堂、庫裏のほか、稲荷大明神と釈迦を祀る感応殿や牛頭天王神社があります。(ほくそう2012夏号より)
礼林寺の周辺図
参考資料
- 「市川市内の寺院明細帳」