藤ケ谷香取神社|柏市藤ケ谷の神社
藤ケ谷香取神社の概要
藤ケ谷香取神社は、柏市藤ケ谷にある神社です。藤ケ谷香取神社の創建年代等は不詳ながら、当地が藤ケ谷城郭地であることから、中世(鎌倉~室町時代)には祀られていたのではないかといいます。明治維新後の社格制定に際し村社に列格、大正4年(1915)に八幡神社・駒形社・妙見社などを合祀しています。
社号 | 香取神社 |
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祭神 | 経津主命 |
相殿 | - |
境内社 | - |
住所 | 千葉県柏市藤ケ谷686 |
祭日 | 例祭10月9日 |
備考 | 旧村社 |
藤ケ谷香取神社の由緒
藤ケ谷香取神社の創建年代等は不詳ながら、当地が藤ケ谷城郭地であることから、中世(鎌倉~室町時代)には祀られていたのではないかといいます。明治維新後の社格制定に際し村社に列格、大正4年(1915)に八幡神社・駒形社・妙見社などを合祀しています。
境内掲示による藤ケ谷香取神社の由緒
藤ケ谷区の鎮守で、現本殿は安政八年(一八三五)の再建です。ここは字名が「城ヶ堀」、隣が「馬場」であり、中世の藤ケ谷城跡の一部です。また、拝殿には三枚の武蔵型板碑が安置されています。(境内掲示より)
千葉県神社名鑑による藤ケ谷香取神社の由緒
由緒に関する記載なし(千葉県神社名鑑より)
「沼南町史」による藤ケ谷香取神社の由緒
藤ケ谷地区の鎮守で、国道二ハ号線沿いの高台に位置する。創立の由緒は不詳である。しかし、一〇年ほど以前に枯死した御神木の大杉(目通り四メートル余り)は、樹齢数百年以上であったという。また、当地区は鎌倉時代には相馬氏の知行地であり、当地域が中位の城郭一部とみられること、及び、当境内に建てられていた大形の板碑三枚中、天文年間(一五三一一~一五五五)と永禄四(一五六一)年の年号がみられることなどから、当神社の創立も中世初期を下らぬころと推定される。
現在の社殿は、文政八(一八二五)年の造営である。流造りながら左右に大きく庇を出し、彫刻は側面の部分と向拝の斗栱の個所にみられる。棟梁は、神々廻村(現在、白井町)の笠井某であった。なお、当社殿には主神のほかに、鹿島・諏訪・天神・大杉の合計五神が合祀されているが、これらの御神体は、いずれも斎藤正親・藤原逢雲両仏師の作であり、天保六(一八三五)年六月十五日の完成である。
昭和三十五(一九六〇)年、茅葺きであった本殿屋根を鉄板で覆ったが、昭和四十五年には瓦葺きに改装された。一方、拝殿は、旧殿は大正六(一九一七)年の建造物(間口四三間半、奥行ニ間半)であったが、昭和四十五年には解体され、その跡に当地区の区民会館が建てられ、新拝殿が現在の位置に造られている。
なお、当境内地には、大正四(一九一五)年に八幡神社・駒形社・妙見社などを当地区の各所から合祀している。その他、域内に立石される石祠・供養塔・記念碑の類はきわめて多い。(「沼南町史」より)
藤ケ谷香取神社の周辺図
参考資料
- 千葉県神社名鑑
- 「沼南町史」
- 「千葉縣東葛飾郡誌」