風早神社|下總小金城主高城治部少輔胤忠が創建
風早神社の概要
風早神社は、松戸市上本郷にある神社です。風早神社は、下總小金城主高城治部少輔胤忠が寛正年間(1460-1466)に創建、119ヶ村の鎮守だったといいます。徳川家康関東入国後の天正19年(1591)には社領5石の寄附を受けていました。例祭で奉納される獅子舞は、和名ヶ谷から伝えられたといわれ、松戸市無形民俗文化財に指定されています。
社号 | 風早神社 |
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祭神 | 経津主命 |
相殿 | 武甕槌神、天兒屋根命 |
境内社 | 稲荷神社 |
住所 | 千葉県松戸市上本郷3108 |
祭日 | 10月9日 |
備考 | - |
風早神社の由緒
風早神社は、下總小金城主高城治部少輔胤忠が寛正年間(1460-1466)に創建、119ヶ村の鎮守だったといいます。徳川家康関東入国後の天正19年(1591)には社領5石の寄附を受けていました。
「千葉県神社名鑑」による風早神社の由緒
例祭日に三匹獅子舞が奉納される。(「千葉県神社名鑑」より)
「稿本千葉縣史」による風早神社の由緒
風早神社
同郡(同上)明村大字上本郷字総代に在り、境内六百二十六坪、祭神は経津主命にして相殿に武甕槌命及び天兒屋根命を祀る。社傳に云ふ、寛正中下總小金城主高城治部少輔胤忠の創建する所にして土地三百石を寄附し領内百十九ヶ村の鎮守とせりと。天正十九年十一月徳川家康神田五石を寄附す、末社九座あり。明治三十九年十二月幣饌料供進指定。(「稿本千葉縣史」より)
風早神社所蔵の文化財
- 松戸の獅子舞(上本郷)(松戸市指定無形民俗文化財)
松戸の獅子舞(上本郷)
上本郷、風早・明治神社の獅子舞については、元神宮の中山家文書に、明和七年(一七七〇)九月吉日三匹獅子を奉納云々という記述が見られるのみで伝承についてはよくわかりません。言伝えでは和名ヶ谷から上本郷に養子に来た人が広めたことになっており、風早神社氏子が伝承し、現在は上本郷獅子講中が伝えています。
舞は十月風早・明治両神社で行われます。構成は大獅子一人、女獅子一人、中獅子一人、猿二人、笛数人で五穀豊穣を祝って舞われます。和名ヶ谷から伝えられたといわれる獅子舞ですが、現在では和名ヶ谷の舞より勇壮だといわれ、剣の舞では大刀を帯びて舞います。猿も白足袋をはき、面は顔を覆うものではなく額の上にのせるもので、役目は場内整理のみです。
昭和四十四年四月、和名ヶ谷、大橋の獅子舞と共に市の無形文化財に指定されました。(松戸市教育委員会掲示より)
風早神社の周辺図
参考資料
- 「千葉県神社名鑑」
- 「稿本千葉縣史」