紙敷妙見神社|松戸市紙敷の神社

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紙敷妙見神社|松戸市紙敷の神社

紙敷妙見神社の概要

紙敷妙見神社は、松戸市紙敷にある神社です。紙敷妙見神社の創建年代等は不詳ながら、平将門が市川大野に御殿を営んだ際に奉斎したとも、千葉胤通が松戸国分に居住した際に奉斎したとも伝えられます。明治維新後の社格制定に際して村社に列格していました。

紙敷妙見神社
妙見神社の概要
社号 妙見神社
祭神 天之御中主命
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県松戸市紙敷1520
祭日 10月9日
備考 -



紙敷妙見神社の由緒

紙敷妙見神社の創建年代等は不詳ながら、平将門が市川大野に御殿を営んだ際に奉斎したとも、千葉胤通が松戸国分に居住した際に奉斎したとも伝えられます。明治維新後の社格制定に際して村社に列格していました。

境内石碑による紙敷妙見神社の由緒

妙見神社御造営記念碑
当社の御創建は、平将門が市川の大野に御殿を営んだ折に奉斎したとも、又、千葉胤通が松戸の国分に居住した折に鎮祭したとも伝えている。爾来、氏子の繁栄・五穀豊穣を祈願し今日に至っています。
現在の御社殿は、寛政二年に建築され、以来、数度に亘り改修されてまいりましたが、二〇〇有余年の歳月に風雨の傷みも著しく御祭事にも支障をきたす状態であります。
斯かる時、皇太子殿下には御成婚の御礼を行わせられ、日本国民斉しく慶賀申し上げる嘉年に、氏子の宿願でありました御社殿の建替造営に着手した次第でございます。
氏子崇敬者各位の御奉賛を賜わり、御造営が滞りなく見事に完工されました。これ偏に赤誠の賜と存じ上げます。
ここに平成の御造営の趣意と奉賛者の氏名を記し、記念とします。(境内石碑より)

「千葉県神社名鑑」による紙敷妙見神社の由緒

創建年代不詳。口碑によれば平将門が、当地に程近い市川大野郷に御所を営んだのに関わり、また千葉家六党のうち千葉胤通が、葛飾郡国分の地に居住したので、一族の郎党がこの地に由縁をもち、千葉氏の氏神であった妙見尊神を鎮祭されたのが当社の創始と伝える。当社の御神体は妙見尊の立神像で、身丈約一尺五寸程、古色蒼然の神気を発し、気高い尊像である。祭礼には神輿を出さず、御分霊を根抉榊に移し、若者がこれを担い氏子区内を巡行する。氏子らは榊の小枝を戴き、家内に斎き家内安全の神璽とする古習がある。(「千葉県神社名鑑」より)


紙敷妙見神社の周辺図


参考資料

  • 「千葉縣東葛飾郡誌」
  • 「千葉県神社名鑑」