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小金上総町日枝神社|松戸市小金上総町の神社

小金上総町日枝神社の概要

小金上総町日枝神社は、松戸市小金上総町にある神社です。小金上総町日枝神社は、寛文8年(1668)に小金上総の鎮守として創建、山王社と称していました。明治維新後日枝神社と改称、社格制定に際して村社に列格していました。

小金上総町日枝神社
日枝神社の概要
社号 日枝神社
祭神 大山咋命、素戔嗚命
相殿 -
境内社 -
住所 千葉県松戸市小金上総町94
祭日 例大祭11月3日
備考 -



小金上総町日枝神社の由緒

小金上総町日枝神社は、寛文8年(1668)に小金上総の鎮守として創建、山王社と称していました。明治維新後日枝神社と改称、社格制定に際して村社に列格していました。

境内掲示による小金上総町日枝神社の由緒

日枝神社由来
寛文八年十一月二十三日(西暦一六六八年)に上総内の鎮守として有志が創立。
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当神社は創立時、江戸山王権現を勧請し山王神社(山王社)であったが、明治初期の神仏分離令により神仏混合的神社は、廃社の恐れが出たため仏教的名前の山王社を日枝神社に改名し現在に至っている。
小金町の鎮守である八坂神社も明治迄牛頭天王社(祇園社)であったが、同じ理由で改名した。
もともとご祭神の大山咋神の「咋」は「主」という意味で大きな山の主と云う事で、比叡山に宿る山神(地主神)であり、同山周辺地域の人々が信仰する素朴な山の神であった。平安時代初期、僧最澄が朝廷の庇護の下、同山山頂に延暦寺を建立し、天台宗を開宗した時に同社を同寺の守護神とした。最澄が唐で学習した天台山国清寺の鎮護神「山王祠」と云う社名に因んで「日吉山王社」と云うようになり、やがて仏教風に「日吉権現」又は「山王権現」と呼ぶようになった。比叡山は古代日吉山と呼ばれていたため神社を日吉大社とか日吉権現とも呼ばれた。
後世日吉山を読みやすいように「日枝山」となり神社も日枝神社となる。
その後、天台宗の全国各地への布教とともにこの神の信仰も全国的に広がり、現在各地に三千八百余社ある。
このような経緯から当社名は「日枝神社」が正式名だが山王神社・山王権現でも間違いではない。以上(境内掲示より)

「千葉県神社誌」による小金上総町日枝神社の由緒

創立は寛永八年一一月二三日。戦後に土地区画整理事業によって境内地を整備、公園と一緒になる。(「千葉県神社誌」より)

「松戸市史料 第4集 松戸町誌・小金町誌」による小金上総町日枝神社の由緒

日枝神社
上総内字山王山ニアリ。祭日ハ毎年七月十五日、氏子ハ上総内、其他ハ詳ナラズ。其ノ境内五畝三歩アリ。(「松戸市史料 第4集 松戸町誌・小金町誌」より)


小金上総町日枝神社の周辺図


参考資料

  • 「千葉縣東葛飾郡誌」
  • 「千葉県神社名鑑」