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藤崎堀込貝塚。習志野市藤崎にある旧跡・名所

藤崎堀込貝塚の概要

藤崎堀込貝塚は、習志野市藤崎にある名所旧跡です。藤崎堀込貝塚は、縄文時代中期~後期の集落跡及び貝塚で、かつて菊田川とその支流の流れている谷に面していたことから、当地周辺にまで海が入りこんでいたと考えられています。貝塚は南北約110m、東西約80mにおよび、その周辺部からは住居跡が見つかっていることから、長期にわたって縄文人が生活を続けていました。

藤崎堀込貝塚
藤崎堀込貝塚の概要
旧跡・名所名 藤崎堀込貝塚
みどころ 習志野市指定史跡
入場時間 -
入場料 -
住所 習志野市藤崎1-13
備考 -




藤崎堀込貝塚の縁起

藤崎堀込貝塚は、縄文時代中期~後期の集落跡及び貝塚で、かつて菊田川とその支流の流れている谷に面していたことから、当地周辺にまで海が入りこんでいたと考えられています。貝塚は南北約110m、東西約80mにおよび、その周辺部からは住居跡が見つかっていることから、長期にわたって縄文人が生活を続けていました。

境内掲示による藤崎堀込貝塚について

藤崎堀込貝塚は縄文時代中期~後期(放射性炭素年代で、約四千五百年前~三千年前)の集落跡で、大規模な貝塚を伴っています。
遺跡が位置する標高約二〇mの台地は、かつての菊田川とその支流の流れる谷に面していて、貝塚が作られた時代にはこの谷にまで海が入りこんでいたと考えられています。
この貝塚は縄文時代後期の人々が、食べたあとの貝殻・魚骨・獣骨などを捨てた跡で、貝の分布する範囲は南北およそ一一〇m、東西およそ八〇mほどで、西が開いた馬蹄形をしています。貝の見られない周辺部にも、縄文時代中期から後期の住居跡が見つかっていて、このあたりが長期にわたって縄文人の生活の場であったことがわかっています。
貝塚は、当時の人々が使ったり、捨てたりしたさまざまなものが遺されていて、動物質の遺物の状態もよいので、過去の暮らしを知る上で、とても重要な情報を提供してくれます。
これまでの調査で、この貝塚からは食用にしたと思われるイボキサゴ・オキアサリ・ハマグリなどの貝、マアジ・サバ・マイワシなどの魚骨、ニホンジカなどの獣骨のほか、縄文土器や石器(打製石斧、磨製石斧、磨石、石皿など)といった道具類も出土しています。
藤崎堀込貝塚は都市近郊にありながら、貝塚のほぼ全域が大きな破壊を受けずに残ったきわめて数少ない遺跡です。そして、縄文人の生活とこの地域の歴史を明らかにする上でもたいへん貴重な遺跡ということができます。(習志野市教育委員会掲示より)


藤崎堀込貝塚の周辺図