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寶珠山蓮照寺|大網白里市大網にある日蓮宗寺院

蓮照寺の概要

日蓮宗寺院の蓮照寺は、寶珠山と号します。蓮照寺は、僧日誓が師日泰上人と共に應當山信楽寺と号して創建、豪農板倉三郎兵衛が日誓に帰依し山林及び金若干を寄付し、寶珠山蓮照寺としたといいます。徳川家康の関東入国に際して天正19年(1591)寺領10石を寄進、末寺14ヶ寺を擁し、妙満寺輪番上總十箇寺の一だったといいます。

蓮照寺
蓮照寺の概要
山号 寶珠山
院号 -
寺号 蓮照寺
住所 大網白里市大網397
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 -



蓮照寺の縁起

蓮照寺は、僧日誓が師日泰上人と共に應當山信楽寺と号して創建、豪農板倉三郎兵衛が日誓に帰依し山林及び金若干を寄付し、寶珠山蓮照寺としたといいます。徳川家康の関東入国に際して天正19年(1591)寺領10石を寄進、末寺14ヶ寺を擁し、妙満寺輪番上總十箇寺の一だったといいます。

「稿本千葉県史」による蓮照寺の縁起

寶珠山蓮照寺
同町(山武郡旧山邊郡大網町)大字大網字山中に在り、境内二千百六十八坪、日蓮宗妙満寺派なり、もと本山輪番上總十箇寺の一にて末寺十四を統ぶ。寺傳に云ふ、明應五年四月僧日誓其の師日泰と共に一寺を某地に建て應當山信楽寺と號せしが、後今の地に移せり、時に豪農板倉三郎兵衛と云ふ者深く日誓を信じ、山林及び金若干を寄せ大伽藍を造り今の寺號に改むと。天正十九年十一月徳川家康寺領十石を寄す、境内松樹鬱蒼として風致あり。(「稿本千葉県史」より)

「日蓮宗寺院大鑑」による蓮照寺の縁起

明応5(1496)年の創立。開基日誓。什師法縁。三派合同以前は顕本法華宗。大網町花田に応当山信楽寺として創立。天文13年、豪農板倉三郎兵衛が現在の寺有地を寄進、大伽藍を建立して寺号を改称した。天正19年、徳川家康より10石の朱印を賜り、明治維新までは妙満寺派本山輪番上総10ヵ寺の一つとして末寺14ヵ寺を統率した。また顕本法華宗当時は大網宗学林を設置、宗門子弟の教育に尽力。長い年月に客殿等が次々に破損し、昭和初期には本堂・庫裡・鐘楼堂のみ現存。昭和4年には庫裡焼失、同16年に庫裏を再建した。当山山門の掲額の二匹の竜は左甚五郎作といわれ、大網城主三浦監物重勝の墓がある。(「日蓮宗寺院大鑑」より)


蓮照寺の周辺図