宮本山王神社|佐倉市宮本の神社

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宮本山王神社|佐倉市宮本の神社

宮本山王神社の概要

宮本山王神社は、佐倉市宮本にある神社です。宮本山王神社の創建年代等は不詳ながら、臼井庄宮本郷と呼ばれていた当地周辺の鎮守として祀られ延宝3年(1675)に山王権現本地十一面観世音御宝宮と称していたといいます。米戸・上別所・瓜坪新田・下勝田が分かれた後は、宮本・天辺・寒風・直弥の鎮守として祀られ、元文元年(1736)正一位山王宮と改称、明治維新後の明治5年に宮本神社と改称、村社に列格していました。昭和11年山王神社と改称しています。

山王神社
宮本山王神社の概要
社号 山王神社
祭神 大山祇神
相殿 -
境内社 上浅間神社、下浅間神社、三峯神社、天神社、大六天社、疱瘡神、道祖神
例祭日 例大祭10月14・15日
住所 佐倉市宮本246
備考 -



宮本山王神社の由緒

宮本山王神社の創建年代等は不詳ながら、臼井庄宮本郷と呼ばれていた当地周辺(宮本・寒風・直弥・米戸・上別所・瓜坪新田・下勝田・天邊)の鎮守として祀られ延宝3年(1675)に山王権現本地十一面観世音御宝宮と称していたといいます。米戸・上別所・瓜坪新田・下勝田が分かれた後は、宮本・天辺・寒風・直弥の鎮守として祀られ、元文元年(1736)正一位山王宮と改称、明治維新後の明治5年に宮本神社と改称、村社に列格していました。昭和11年山王神社と改称しています。

「千葉県神社名鑑」による宮本山王神社の由緒

由緒不詳。延宝三乙卯年、山王権現本地十一面観世音御宝宮と称し、当時氏子は宮本・天辺・寒風・下勝田・米戸・瓜坪新田・直弥の七ヶ村であった。元文元年丙辰年五月二八日、正一位山王宮となる。延享三年寅七月、山王権現宮壱社と称し、高崎村の正乗院が別当となる。
当時の氏子は宮本・天辺・寒風・直弥の四ヶ村。昭和一一年五月、村社山王神社となる。(「千葉県神社名鑑」より)

「印旛郡誌」による宮本山王神社の由緒

村社宮本神社
宮本村字郷にあり大山祇命を祭る由緒不詳社殿間口一間二尺八寸奥行一間一尺三寸拝殿間口四間奥行二間境内二百六十二坪(官有地第一種)あり神官田中長右衛門にして氏子二十八戸を有し管轄廳まで三里二十三町四十四間とす境内五社あり即
一、三峯神社 伊弉那岐命伊弉那美命を祭る由緒不詳社殿間口五尺奥行四尺
二、天神社 菅原神を祭る由緒不詳社殿間口三尺奥行三尺
三、大六天社 高皇靈命を祭る由緒不詳社殿間口三尺奥行三尺
四、疱瘡神社 直日神を祭る由緒不詳社殿間口三尺奥行三尺
五、道祖神 塞神三柱を祭る由緒不詳社殿間口三尺奥行三尺(神社明細帳)
〇(元禄十一年棟札云)大字宮本區の北方字郷にあり地坪二百六十二坪あり祭神大山祇命山王大權現と稱す御璽には金幣黒石あり創立年月不詳臼井庄宮本郷と稱し元の宮本村寒風村直彌村米戸村上別所村瓜坪新田村下勝田天邊村の八ヶ村惣鎮守と稱す其後米戸村上別所村瓜坪新田村下勝田村の四ヶ村分れたるも其の年月詳ならず元文元年五月廿八日神位正一位山王宮と稱し其後明治五年改めて宮本神社と稱す祭日は九月十四日十五日の両日にして神輿右四ヶ村を渡御す(「印旛郡誌」より)


宮本山王神社所蔵の文化財

  • 宮本山王神社境内木(スギ)(佐倉市選定保存樹)

宮本山王神社境内木

神社創立以来境内木として管理保存されている。(佐倉市掲示より)

宮本山王神社の周辺図


参考資料

  • 千葉県神社名鑑
  • 「印旛郡誌」