昌柏寺|佐倉市本町にある日蓮宗寺院

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華林山昌柏寺|佐倉市本町にある日蓮宗寺院

昌柏寺の概要

佐倉市本町にある日蓮宗寺院の昌柏寺は、華林山と号します。昌柏寺は、日蓮聖人の直弟子日像上人が京都に建立した数ヶ寺の内の一ヶ寺と伝えられ、その後天正4年(1576)に下総矢作城主國分大膳亮の帰依を受けた日題上人が大崎村に再建、華林山妙眞寺と称していました。寛文年間(1661-1673)に佐倉城主松平和泉守及びその室昌柏院殿の帰依を受けた是勝院日慈上人が、当地に移転再興し華林山昌柏寺と改称したといいます。昌柏寺では、江戸時代末期より寺子屋愛育堂を開き教育に力を注ぎ、明治6年には境内に本町小学校が開校、現在慈光幼稚園を運営しています。

昌柏寺
昌柏寺の概要
山号 華林山
院号 -
寺号 昌柏寺
住所 佐倉市本町54
宗派 日蓮宗
葬儀・墓地 -
備考 慈光幼稚園



昌柏寺の縁起

昌柏寺は、日蓮聖人の直弟子日像上人が京都に建立した数ヶ寺の内の一ヶ寺と伝えられ、その後天正4年(1576)に下総矢作城主國分大膳亮の帰依を受けた日題上人が大崎村に再建、華林山妙眞寺と称していました。寛文年間(1661-1673)に佐倉城主松平和泉守及びその室昌柏院殿の帰依を受けた是勝院日慈上人が、当地に移転再興し華林山昌柏寺と改称したといいます。昌柏寺では、江戸時代末期より寺子屋愛育堂を開き教育に力を注ぎ、明治6年には境内に本町小学校が開校、現在慈光幼稚園を運営しています。

「印旛郡誌」による昌柏寺の縁起

昌柏寺
本町字南側にあり日蓮宗にして小本寺常徳寺末なり釋迦牟尼佛を本尊とす 天正丙子年草創下總國香取郡矢作城主國分大膳亮日題上人の教化に依り大崎村に於て華林山妙眞寺を建立後中絶 寛文年中佐倉城主松平乗久の室昌柏院殿右寺を今の地に引移し慈光華林山妙眞昌柏寺と改稱再興す 開祖は是勝院日慈聖人也堂宇間口六間奥行九間庫裡間口四間半奥行六間廊下間口一間長二間表門地明一丈扉付境内一千六百五十四坪(民有地第一種)あり 住職は相澤快長にして檀徒百二十七人を有し管轄廳まで四里二十六町三十八間なり境内佛堂一宇あり
一秋雲八玉堂。秋山白雲上人靈像を本尊とす嘉永二已酉年十月安置建物間口六尺奥行九尺(寺院明細帳)(「印旛郡誌」より)

「日蓮宗寺院大鑑」による昌柏寺の縁起

昌柏寺
開山黎本院日題。開基是勝院日慈。開基檀越佐倉城主松平和泉守乗久。奠師法縁。日像が開基した京洛数寺中の一寺という。天正4年、日題が下総矢作城主國分大膳亮を教化し、その菩提寺として大崎村に再建、華林山妙真寺と称した。寛文年中に日慈が佐倉城主松平和泉守及びその室昌柏院殿により、佐倉本町の地に移転再興し寺号改称。江戸末期より寺子屋愛育堂を開き、明治6年にや山内に本町小学校を開校。昭和41年33世沙羅樹院日瑞が復興の任に当り本堂・客殿改築、庫裡を新築。43年34世瑞叡は大講堂・庫裡新築。1世日慈は三浦大明寺18世へ。16世敬修院日慈は本山日本寺から。23世優妙院日宏は平賀本土寺51世へ。28世王子院日竜は京都本圀寺から。33世沙羅樹院日瑞は本圀寺61世へ。慈光幼稚園経営。研究出版活動華林山文庫開設。当山発願主昌柏院殿墓碑あり。(「日蓮宗寺院大鑑」より)


昌柏寺の周辺図