密蔵院|佐倉市寺崎にある真言宗豊山派寺院

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密蔵院|六崎組十善講八十八ヶ所

密蔵院の概要

佐倉市寺崎にある真言宗豊山派寺院の密蔵院は、日光山光明寺と号します。密蔵院の創建年代等は不詳ながら、良珍法印(天文2年1533年寂)が中興開山したと伝えられ火災により享保12年(1727)寺崎字大近台から当地に移転し再建されたといいます。境内大師堂は六崎組十善講八十八ヶ所14番、薬師堂は六崎組十善講八十八ヶ所番外札所となっています。

密蔵院
密蔵院の概要
山号 日光山
院号 密蔵院
寺号 光明寺
住所 佐倉市寺崎2960
宗派 真言宗豊山派
葬儀・墓地 -
備考 -



密蔵院の縁起

密蔵院の創建年代等は不詳ながら、良珍法印(天文2年1533年寂)が中興開山したと伝えられ火災により享保12年(1727)寺崎字大近台から当地に移転し再建されたといいます。

境内石碑による密蔵院の縁起

殿堂建立記念碑
下総国印旛郡寺崎村字新小路にあり長谷寺の末寺にして新義真言宗豊山派に属し阿弥陀如来を本尊とせる日光山密蔵院光明寺と號す古刹なり。開創は享保年代以前と言われ寺崎村字大近台に建立享保九年から同十二年に二度の火災に遭い焼失現在地に再建天文二丁巳年五月一日示寂の法印良珍により中興開山と伝えられるものなり。(中略)
仏堂大師堂は弘法大師を本尊とし六崎組十善講第十四番札所なり、薬師堂は本尊薬師瑠璃光如来にして六崎組十善講番街札所なり。口碑によれば本尊薬師如来は行基菩薩の作第百九代明正天皇の御代堂下を流れる鹿島川薬師ヶ渕に霊光燦然として漂着せるを安置小堂建立、宝永年間(一七〇四~一七一一年)に再建、十八世紀初頭の仏堂建築様式が現存する佐倉市指定文化財なり(以下省略)(「印旛郡誌」より)

「印旛郡誌」による密蔵院の縁起

密蔵院
寺崎村字新小路にあり眞言宗にして小本寺大聖院末なり阿彌陀佛を本尊とす享保十二年の再建にして堂宇間口六間奥行発見境内五百五十五坪(民有地第一種)あり住職は竹本教滲にして檀徒百七人を有し管轄廳まで四里十五町とす境内佛堂一宇あり即
一、大師堂 弘法大師を本尊とす由緒不詳建物は間口一間奥行一間(寺院明細帳)
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薬師堂
寺崎村字新小路にあり小本寺大聖院末にして眞言宗薬師瑠璃光如来を本尊とす堂宇間口五間奥行四間境内三百坪(官有地第三種)あり住職は密蔵院住職鷲嶺運亮之を兼務し信徒六百人を有し管轄廳まで四里十五町あり(佛堂明細帳)(「印旛郡誌」より)


密蔵院の周辺図


参考資料

  • 「印旛郡誌」